仕組まれた英語化策略の罠。術中に嵌った結果、どうなるか?というお話。

後半ほどディープな内容になっています。
(失敗を未然に防ぐ情報を最後まで読まない人が多い。だから失敗を防げない。)



弁護士が語る「悪賢い成功者」の悲惨な末路
1万人の人生からわかった強運な人の共通項

その通りだと思う。深いなぁ。




【※業者のリンクから飛んできた人は必見!】

海外不動産・海外投資詐欺・海外移住


時々ある、リファラースパムまがいのサイト。
↓ チープなレンタルサーバを借りて、別サイトは「Jimdo」サイトで運営という業者。w
英語堪能で市民権持ちの妻がいるのに、結局、東京で生活している。w

海外不動産セミナーにいきましたが、2000円費用を徴収して、パンフレットは連絡先の住所も電話番号もなく、詐欺そのものだと思いますが、だまされた人はいますか?

※補足:ドメイン取得は2011年3月4日

※流動性に乏しい不動産投資。

震災直前に会を立ち上げ、ドメイン取得は震災の1週間前なんだね。

その土地で何が起こるか、まったく見通せていない人間だということを妻の知人は一発で見抜いた。

先見性のない会社に大金を任せるのはリスキー。

流動性リスクの高い不動産ならば、なおさらです。



良心的でまともな業者なら、その国の恐ろしい実態にも触れるべきだが、良いことばかり、美辞麗句のセールストークを鵜呑みにして投資は危険です。
※リンク先とは、一切関係ありません。



【 重要 】

追剥のような日本の税務署

● 日本人は海外永住権の取得が困難な国が多い。

● 永住権を取得しても、最終的に日本に帰国する人がほとんど。

● 住めない国に海外に金融資産があると、最終的に帰国した際、送金や売却時に税務署から目をつけられ、日本での生活が厄介な作業に忙殺される。

こういう、後々の厄介なことを一切考えずに不動産投資?

他人の人生など、なんとも思っていない業者のいうことを鵜呑みにするのは危険です。



税回避を防ぐ国際協調を加速させるため重要な新たなステップ:2017年に税に関する自動的な金融口座の情報交換を開始することで各国政府がコミット



海外在住者の日本の金融システムからの締め出しが始まった



今度はオーストラリア不動産「売れ売れ詐欺」



↓ 先ほどの方とは違い、長年シドニー在住。

東京在住者とは、文章の質も説得力も段違いですね。

http://www.business-plus.net/business/columnist/masamitsunagai/series/296601.shtml

移民の受け入れには不鮮明な判定基準が存在します。

永住権申請には、IELTS(アイエルツ) と呼ばれる英語のテストで一定以上の点数を取ることが義務付けられています。この点数は年々引き上げられており、現在では9点満点中、8点以上取得しないと、事実上永住権申請が困難な状態です。

この 「8点以上」 というのがどれだけ高い壁か・・・。

もし現在の私がIELTSを受験しても、この点数を取ることは、恐らく無理でしょう。
 
また、このIELTSは問題の構成上、はっきりと〇か×かの正誤判定をするのが難しく、採点は担当の審査官の裁量にゆだねられます。そのため、受験後に受け取る結果がかなり上下していることも珍しくありません。

多少の上下は受験者も人間なのでありえる話ですが、採点が不自然なケースも多く、もしかしたら何回も受験させ受験料をより多く得るために、誰かが点数を操作しているのでは。そんな噂が飛び交うほどです。

私の友人に、国籍は日本人ですが幼少の頃からオーストラリアに居住していて、日本語よりも英語が得意な人間がいます。英語で四苦八苦している私からは羨ましい限りです。

英語が堪能なだけではなく、頭脳も明晰で、オーストラリアの名門大学を難なく卒業した逸材でもあります。ただどういうわけか、在住資格としては長期間学生ビザのままで、その後もビジネスビザに移行しただけで永住権とは縁のない生活を送っていました。

その彼が、そろそろ永住権でも申請しようかと書類を集め、同時にIELTSを受験しました。
 
このテストは 「聞く・読む・書く・話す」 の4項目から構成されています。

英語が堪能なので当初はなんら障害にならないと考えていたこのテストで、彼は意外と苦戦をする羽目になりました。数回受験をしましたが、必ず1項目が0.5ポイント足りなかったようです。

点数に納得が行かない、もしくは不満がある人には、レビュー(見直し)の制度があります(もちろん有料)。

腹が立った友人は、今まで自分が会社で作成してきたリサーチレポートや、勤務先の代表者からのレターなどを束にして郵送したところ、あっさり1.5ポイントも点数が上がったそうです。

IELTSの採点方法を巡っては一時期社会問題になり、大々的にニュースに取り上げられたケースがありました。

地元オーストラリアのある企業が英語圏ではないヨーロッパ出身者の社員に対して、自社がスポンサーになり永住権を申請しました。

ただ、この方は私の友人と同様に、IELTSを何回受けても、どうしても1項目点数が足りませんでした。

受験者はかなり優秀な人間で、その企業にとってコアになる人材。

ビザ申請がスムーズに運ばないおかげで、会社全体の業務に支障を来たしてしまいました。

業を煮やした社長が従業員全員に対して、会社負担でIELTSを受けさせたところ(もちろん全員ネイティブ)、約半数が、移民局の求める点数に届きませんでした。

社長は憤慨し、彼らの試験結果を証拠として、

 「ネイティブスピーカーでも取れない点数を移民に要求するとはどういうことだ!」

 「受験料を巻き上げて金儲けしたいだけなのか!」 と移民局に詰め寄りました。

移民を希望する側よりも、受け入れ判断をする側が圧倒的に優位な立場にいるのは当たり前です。

これは公平とか倫理とかを言う前に各国共通の現実です。

ただ、近年のオーストラリアの移民局の対応を見ていると、行き過ぎた感が否めません。

当初、永住権の審査は 「12ヶ月以内に何らかの回答を申請者に対して行う」 と明文化されていましたが、その期間が延びに延び、ここ2~3年は最終的にいつになるか全くわからない状態が続いていました。

ビザの審査がどうなるのかわからないために将来に不安を感じ、母国に帰国した人も少なくありません。

また移民局は、日本円で数十万円にもなるビザ申請料も懐に入れたままで、回答できていない申請者に対して返還を検討する動きすらありませんでした。

つい最近になって、やっと少しずつ審査を再開し始めましたが、累積した審査対象者の膨大な数に追いつくはずもなく、いつになったら申請者全員に回答を渡せるのか、神のみぞ知る。

依然として申請者にはストレスと忍耐を要求する現状が続いています。



私は28歳から39歳まで海外生活をして日本に帰国した。
日本に帰国してから英語をキープするのは困難を極め、早朝出勤前に起きて英語を勉強し通勤途中も英語漬けの生活を送ったが、それでも毎日英語を日常的に使っていないと忘れてしまうようになった!
母国語でないものをキープするのは容易ではない




豪州生活困窮者急増はきっと豪州の金利高でヘッジファンドのお金が集まりインフレ(不動産から始まりやすい)が起きている所へ今回の世界的不景気が襲った。
就労ビザで移住した人仕事がなかなか見つからず引越代、航空券代、アパート代で全財産使い切り無一文になった所で日本に帰国という可能性大




問題は子供がいる場合だ。
高校卒業までいる場合(この場合は驚くほど日本語が下手だ)はまだしも、小学生高学年や中学で帰国となった場合はまず授業についていけないケースが多いい。
いじめなどの問題も考えておく必要がある。
これが海外移住(特に就労ビザの人)の失敗例の現実だ




現地語できなくても大丈夫だよ、の甘い言葉は常に流布する。
皆普通は自分の都合のいいように、楽な方に解釈する。
だが、現地語できないことは致命傷になる。




普段英語できる人でも、テロのような緊急事態下にあって、パニック状態にならず、英語で冷静に説明してくれる人がどれほどいると思う?
自分に置き換えてみよう。東京でテロあってパニックで外国人に冷静に英語で説明できる自信ある?
日本語ならいざ知らず、かなりきついと思う。




オランダや北欧中心にして、非英語圏の大都市。 「現地語できなくても英語で大丈夫だよ〜」という都合のいい言葉は流布する。間違いとは言わない。
ある生活形態や範囲を超えず、1〜5年で去る身分での滞在者なら、その理解や発言もありうる。
でも、現地語理解できないリスク、見誤ってはならない。




「現地語できなくても大丈夫! 英語できれば大丈夫!」 「英語すらできなくても大丈夫! こっちでやれば大丈夫!」 やけに自信満々で煽り、こっちに来いよチャレンジしろよと言う業者や滞在者や現地ライターはいる。
あまり真に受けてはまずい。
彼らは一切、責任とりませんからね。煽るだけ。




大丈夫と言い張るやつ、たまたま大丈夫だっただけだったりするから。
生存者バイアスね。
大丈夫じゃなかったやつ、死んでるから発言できないだけだから。
死者に口無し。
「大丈夫じゃないよ、自分死んだよ。やめなよ」は聞かれない。
生き残ってラッキーだった奴が「大丈夫」と叫ぶ。




失敗者の話を聞いてみたいね。 まあ基本的に現地日本人て(多くは世間知らずの若い)新参者をカモることに腐心している、くらいの警戒心をもっていた方がいいとは個人的に思っている。
わざわざ親しげに、助けてあげようか? と呼んでもいないのに近づいてくるのは本当に地雷。




海外移住推進派の人の中で「夫や妻の国に"ただ帰国引越ししただけ"の人」というのがどこの国にも一定数いるようですから、ご注意ください。



北海道ニセコ地区に外国人定住
外国人に日本語試験は求めていない。

アメリカも、国としては英語力試験もなく、英語力を求めていない。

世界の200を越える国・地域の中で、移民に語学力テストをする国は、きわめて特殊な少数派という事実。



オーストラリアは退屈な国



オーストラリアのサービスが先進国の中で最も悪い理由



サービス・税制・医療レベル・教育レベル、どれをとっても欧米に劣る。

語学が堪能で、上を目指す人は欧米に行くのが一般的。ど田舎の国に住まないと思うけどなぁw。



オーストラリアの読解力、英語圏で最下位=国際学力調査



オーストラリアの高校生 学力低下続ける



オーストラリアは留学には一番高い国



小学生に英語を教えてはいけない5つの理由



311後に一家で海外移住した家族、ご主人は専門学校に通ったが就労ビザおりず帰国、
日本では優秀だった子どもは英語の壁厚く
成績ふるわず帰国後は日本の勉強も遅れ
大学進学あきらめ働くと。
辛い話だ。
もちろん出た方がいいけど最近このような話を聞くことがあり本当に難しいと思う




海外移住したはいいけど、語学も満足にできず現地に溶け込めないと、困るのは子供だと思う。
語学力はもちろん、年齢に応じた対人スキルや社会性を学ぶ機会すら奪ってしまう。




子連れの海外移住というと語学習得とか教育にばかり目がいきがちだけど、実は最も大事なのは幼児期の環境で、この時期に少しでも早く現地の生活に溶け込まないと、その弊害は大人になっても続くと思う。
お友達との付き合いを通して社会性や人間関係の基礎を身につける一番大事な時期だから。




勉強は大きくなってからでも頑張れば追いつくけれど、幼児期に人間関係の基礎を学べなかったり不十分だと、小学校、特にお友達との時間が増えてくる高学年以降からつまづくようになる。



子どもの教育のため早期から海外移住を決めたという親の声がある。
その場合に生涯海外で生きていく覚悟ができているのだろうか。
海外では外国人扱いされ、日本に帰ってきたら同世代とアイデンティティーが違い自分は何者か悩む若者の声をみたが海外教育移住の親は教育後のことまで考えてるのかね。




グローバル化と英語
グローバル化するからこそ、個々の地域のローカルな文化が大切になる。
それは、最近の日本食に対する人気の高まりを見てもわかるだろう。



シンガポールもそうだし、他の外国も、稼ぐ人・教育程度が高い人・若い人なら来て欲しい、自国の役に立たない外人を住まわせる義務はない、と言うのは当たり前の事だし、世界の文脈では早慶含めて日本の大学なんて扱い高卒と同じだよね。



日本の大学でギリギリで国際水準で大卒扱いして貰えるのは東大だけかな。
それでもエリートと言う扱いではないと思う。




東大で、英米の一流校対比だと話にならず圏外、アジア圏ではシンガポールのNUSより格下、北京大、香港大、香港科技大辺りと何とか勝負出来る位だろうか。
東大以外だとこれらアジア圏の大学よりも格下圏外扱いで、ストリートファイトで食って行く他ない。




早慶レベルが国際的にはエリートでも何でもなく高卒と同じで海外に出るとストリートファイトで食って行く必要があるレベルだと言う自覚が日本人には欠け過ぎています。



将来的に子供を海外で働かせたい・海外移住させたいとかの場合、日本の過半の大学ではそれが可能な履歴書は得られないと言うのは知っておくべきだろう。



また、自身が移住したい場合、早慶レベルだと他に海外でも評価される職歴や資格でもないと、暮らしやすい先進国に移住して(日本企業の駐在でなく)現地で仕事を得るのは無理。
日本がダメなら海外移住すればいい自分エリートだからと気楽に考えているドメ組の少なからずは選に漏れる。




これは議論云々の話ではなく海外に日本人が出て行く際はこれが現実だと言う事実の話だ。
こう言う自覚をした上で大学を選ぶのが合理的だと思うが、余りそうした視野のある日本人は多くない。




自分は日本でずっとやってくつもりだから早慶で充分、基本日本だけど海外出ても1.5〜2流大卒扱い位して欲しいから東大、アジア圏で生きたいからNUS、やっぱ欧米圏でエリートしたいからお金奮発して米英の一流校にしよう。
こう言う選択をして良いと思う。




で、海外MBAの落ち着き所として外資系東京法人のまあまあのポジションを得て、日本人相手に海外・英語をウリに鞘抜きする位が落とし所になるのよね。
ピュアにインターナショナルで勝負するのって中々しんどいね〜みたいなのは痛感しますわな。




年間の学費は30万円以下。ヨーロッパの大学13カ国の学費まとめ



学生ビザで釣り、海外女性を性奴隷に
麻薬に溺れさせて逃げられなくする



海外に行きたくても行けない国内幽閉状態の日本在住者、子供を守りたい一心で日夜奔走する、
行くあてのない母親を救う一助となれば。

『 国内移住 』『 ビザラン 』 を繰り返すうちにお金が恐ろしいスピードで消耗し、引越し貧乏ならぬ『移住貧乏』(移住貧困)に転落。

海外永住とは程遠い、なんちゃって似非海外移住でお金と二度と戻らない大切な人生の時間を失って、海外で途方に暮れる不幸な日本人をこれ以上増やしたくはない、そういう気持ちで書き上げまとめました。

日本人の移住困難問題を根本的に解決する方法のヒントを凝縮。
真実を伝える海外移住ブログの応援を!

m(_ _)m




セールストークでよくあるのが、「やればできる」「貴方なら大丈夫」とは はっきり言わないにしても そう思うような方向で話をする人が多い。

「自分には語学の才能がある。だから、本気を出せばできるが、本気じゃないからできない」と信じ込ませる。

『才能がない』というのを認めてしまうと『自己崩壊』してしまうので、それは認められない。という心理をうまく突いている。

ごく一部の語学の才能のある人の話を鵜呑みにして、大博打は愚か者の決断です。

そういえば「化粧も、美容も、ダイエットも、多くのビジネスがこうした心理を利用してる」というのがネットで流れてきたことがあったな。



語学の才能があり、若くて語学だけに専念できる十分な時間がある人は良いのだけれど、若くもなく、語学の才能もなく、語学だけに専念できる十分な資金も時間もなく、仕事や子育ての合間の語学学習で、海外で通用する一流の語学が身につく日本人が、一体どれほどいるのでしょうか?。

語学の才能がある人は、短期間で語学をマスターする為、学費も時間も節約できるが、そうでない大多数の人は、時間も余計に消費し、語学学校や留学の期間も長く、多くの時間も失うことになります。

人生の武器である若い時間とお金を消費した後、日本に戻った後の人生は『消化試合』の様相という説もある。



【留学で「人生棒に振る人」が陥る3つの勘違い】 帰国後に職がない!社会人留学の「あるある」



移住経験者が現地でみた海外移住で失敗する日本人の共通点



英語が上手くなれば嬉しいけど、普通にやっていたら無理だワ...



「やればできる」はウソ。
勝負からの撤退を決意する事の大切さについて。




オーストラリア人家族、スコットランドから強制退去間近

スコットランドに移り、そのまま定住するつもりだったオーストラリア人の家族がイギリスの厳しいビザ条件に阻まれ、同情的な住民の請願署名も集めたがついにイギリス政府の意思を動かすことはできなかった。

万策尽きて間もなく強制退去を言い渡される見通し。


※英語が完璧でも厳しい。

これが世界の現実!



3年で差がつく!お金持ちの1日1時間のとらえ方
時間の使い方とは、イコール「生き方」と言えます。

自分の時間をどう使うかの判断と累積が、自分の人生を構築しているからです。

判断というのは、何をして何をしないかです。

つまり何かをするという行為は、何かをしない(もしくは諦める)ことであり、その判断の積み重ねが、今の自分の状態を作っているわけです。

たとえば今日、英語学習に1時間費やしたとしたら、その1時間があればできたはずのことを捨てることになります。

つまり英語学習をするという行為は、何かをしない(もしくは諦める)ことであり、その判断の積み重ねが、今後の自分の状態を作っていくわけです。



楽天・ユニクロ社長に英語公用語化反対の手紙を送った理由
英語を母語とする人たちは、この世界標準語を特別な学習なしに習得しますが、私たちが英語をマスターするためには、学校教育に始まり長期間にわたって延々と勉強を続けなければなりません。

それでも なお、私たちの英語力がネイティブ・スピーカーに追いつくことは困難です。

その間の努力を英語圏出身者は別のこと、たとえば専門の研究に振り向けることができます。

これは私たち非英語圏の人間が背負わされた、理不尽なハンディというべきではないでしょうか。



海外に住んでいていも、日本語を使うとか日本人相手の仕事をしている限り、ずっと日本人環境の生活からは離れられないので、日本の企業文化やメンタリティが嫌だから海外に移住っていう人は、余り海外移住の意味がないと思う。
日本をdisり続けるほど日本が嫌な人は、日本語の仕事をやめた方がいい。




毎日毎日日本の粗探しをやってる海外移住組って本当に不幸なんだろうな。
いくらでも誉めるとこはある、良い部分は毎日溢れてくる。
毎日私のタイムラインは、日本の素晴らしいイベント、日本人の素晴らしい言葉と善行に溢れてる。
自分達が不幸だからって日本人に不幸撒き散らすなよ




海外在住のツイッター見てると、彼らって殆ど日本の事ばかり呟いてるんだね。
身体は海外で気持ちは日本。
それも文句タラタラ批判のつもりらしいが、日本に、そんなに興味あるんかね。不思議。 (´・_・`)




明けても暮れてもヌッポンヌッポン。
日本から逃げても日本が無ければ生きていけないようで。w




ドロップアウト組は日本と日本人への怨みつらみタラタラ。
思い続けた人に振られた気分だったりして。
可愛さ余って憎さ100倍とか。
何より日本人は金づるだから不安と危険を煽るのに必死。w




劣等国ニホンジンとほざいてる日本人は、日本人同士でも負け犬なのに海外で勝負出来る訳ないわな



海外に出て一番素晴らしい出来事は・・・「帰郷」である



日本人が出稼ぎをするには言語や文化の壁うんぬんというが、日本人街を作ってしまえばどうということはない。



不必要なお金や時間かけて英語やるくらいなら、英語使わなくていい方法考えたほうが人生設計として正しいはず。



 【重要】

海外移住を簡単にする画期的な方法とは



言葉=文化。

日本人を守ること=言葉と文化を守ることに繋がる。



海外生活で子供がしっかりしたアイデンティティを持つことの重要性



海外から日本に戻る日本人たち
日本の小学校に通っていると、日本の子供になっていく。
そして進学し、やがて仕事に就いていく。
結局、子供は日本の社会で育てることになる。



言葉の運用力と所得水準に強力な相関関係があることは知っている。
言葉を粗末にする人は、少なくとも日本以外の先進国では落ちこぼれる確率が非常に高い。



どこの先進国でも、言葉の不自由な移民が「高度な言語能力を必要としない労働力」になって社会のインフラを支えてる。
もちろん低賃金の重労働。
海外移住を考えている人は、言葉の問題を軽く考えない方が良いです。



英語の聞き取りを難易度順に並べると、易しい方からラジオ、テレビ、映画、一般人の日常会話です。
なので「日常会話程度ならできる」とかいう海外在住者を信用してはいけません。
相手の言う事をよく聞かずに勝手に喋ってる証拠です。



アメリカで評価される英語の試験はSAT、GMAT、LSATとか、外国人向けではないもの。
TOEFLもTOEICも英検も国連ナンチャラも普通の人は全く知らないので、英語の履歴書に書いても無駄です。
だから、日本人が語学力を評価する基準そのものが日本の外で役に立たないの。



アメリカの語学学校で教えている英語はESL、つまりEnglish as a Second Languageです。
そしてアメリカで「second-language people」というのは明らかな蔑称ですから、早く勉強して脱出するに限ります。



買い物をしながらWhat else do you want?と言ってる人がいた。
こんなのは一気に続けてwudulsjwan?と言う。
ホワット・エルス・ドゥー・ユー…なんて言われると、聞いてる方は実はイライラしながらガマンしている。



他の人の真似をするのは手っ取り早くて良いと思うんですが、ほとんどの人は真似するお手本をちゃんと選ばないで周りににいるお手軽な人の真似をするから後悔するんです。


英語を勉強して仕事で得しようと思ったら、先生は授業料の高い人でないと役に立ちません。
稼げない先生は、要するにあんまり目標も自己評価も高くない人なので、そういう先生から教えてもらった英語を使っても、稼げるようにはならないと心得ましょう。



アカデミー賞をもらう俳優だって、専門のコーチから話し方のレッスンを受けている。NYやLAにいれば、同じコーチからレッスンを受ける事も可能。
だけど彼らは英語しかできないんで、教わる方も英語ができないと無理。
日本人が何とか普通の英語ができるようになる頃には、悪癖が既に固定している。



日本の英語教育がもたらす悪癖を何とかしようと思ったら、基本のやり直しに莫大な時間とお金がかかる。
私が勉強に使ってるお金は、たぶん東京の私立高校の授業料よりずっと高い。




高度な語学力を身につけるためには、際限の無い努力が必要で、それには莫大な時間とお金がかかる。
(膨大な時間とお金のロス。若くて人生の残り時間に余裕がある人や、英語学習に振り向ける潤沢な資金がある人は構わないのかもしれないけど、本来は全く使う必要のない時間とお金をロスさせられているのにわかってない人が多いとの噂。)

それが無理なら低所得な生活に落ちぶれるか日本人相手の仕事しかない。

誰でも、簡単に高度な語学力を身につけられるの?

弱肉強食の狩猟民族的な際限の無い競争社会についていけなければ落伍していくという海外の厳しい現実…。

簡単に移住できるという人間の安易な言葉を信じて移住したとしても、語学やビジネススキルに問題があれば、低所得者層の底辺の生活しかない現実。

「永住権+生計を立てられる十分な収入が得られる仕事という要件を満たさない限り、海外移住とはいえない」と厳しい言葉で諭す人が、実は貴方の人生を親身になって考えてくれる人。

単に移住さえできれば生活の質なんてどうでもいいの?

海外移住が簡単とか安易に言う人は、実は、貴方の人生なんてどうでもいいから、安易で耳に甘い言葉を語れるのだということ。

海外では人を見抜けないと、騙されますよ。



高額な授業料と膨大な時間と労力が使える人は使えばいい。

永住権を取って、現地でバリバリ稼げる人は心配なし。

でも中途半端な語学力だと、中途半端な所得しか得られず、中途半端な所得者層が使う言葉の質も、生活の質もそれなりなわけです。

果たして一流の語学力を身につけられる日本人はどれほどいるのでしょうか?

そういう人は、ごく一部なのです。

膨大な語学投資の労力&お金&時間に、費用対効果があるのか?

永住権が取れない国、永住権が取れても低所得で暮らせず帰国者続出という外国の言語を覚える時間と労力の損失は人生にとって極めて大きいわけで・・・。



「汚染による健康寿命短縮を心配して、取得が難しくなっている海外の永住権にチャレンジして、永住権取得までに必要な語学学習などで膨大な時間をさらに失い、人生の有効に使える時間は、一層短くなる」。

年々、取得のハードルが上昇し、永住権取得までの期間も長期化してきています。

この問題を解決しない限り、日本人は「ますます人生の時間を失うことになる」ということです。

人生で健康で有効に使える時間は短いです。

人生=健康で有効に使える時間が重要です。


失った時間は お金で買い戻せないので「時は金なり」と言うより「時は命なり」と言った方がより正確。
時間の浪費は生命エネルギーを無駄に燃やしているのと同じ。




「アメリカに住む日本人シニアがボケて日本語しか喋らなくなり、英語しか分からない自分の子供とコミュニケーションが取れなくなる」 という話、皆さん聞いたことありますか?
最近私、よく聞くんですよ。
年取ってから起こる言語の原点回帰というか、英語を失くして日本語しか喋らなくなるんですね。




ドイツでもこれはあって、和食が食べたくなっても売っておらず、しかもこの年代の方はネットで繋がっていなくて孤独だという。
それをなんとかするため頑張っている方の記事をニュース・ダイジェストで読んだ。
フランスで同じような方が施設から日本へ強制送還されたというのもツイッターで知った。




私の周りの海外歴20年前後の方は日本に帰りたがってる人が多い。



実は、私の亡くなった義母、つまりかみさんのお母さんも生前、アルツハイマーになってから母国語であるスペイン語しか喋らなくなったんですね。
スペイン語が分からない私に対しても。
なので、アメリカに住む日本人が年取ってから、英語を失くして日本語しか喋らなくなる可能性は十分あるわけです。




イギリス人のパートナーとお子さんたちとイギリス在住5年以上の彼女と、色んな話をした。
印象深かったのは、高齢で施設に入っている日本人女性が、痴呆とともに英語を全部忘れて、日本語を教えなかった子ども達とも施設の人ともコミュニケーションが取れなくなってしまった、という話。


大人になってから身につけた外国語は、痴呆で忘れちゃったりするのか〜。



国籍まで取って米国に移住した日本人夫妻の知人がいるのですが、奥様が病院でそのような方々のお世話をするボランティアをしているうちに自分の身に置き換えて怖くなり、70歳近くなってから日本国籍を復活させて日本に戻りました。



オーストラリア在住の義妹によれば、豪人と結婚し、英語オンリーで暮らしていた隣家の日本女性が、夫を亡くしたあと英語と日本語をごちゃ混ぜに話すようになり、最後は日本語だけになったと。
老後の海外移住を目論んでいる立場からは複雑な心境




私の知人の日本人女性も、ずっと英語のみの生活だったのが、子供が独立し、米国人の旦那さんも亡くなり、その後何年も一人暮らしで、今では日本語も英語もちょっと怪しい。



日本語そのものが、脳に良い作用をもたらすのだと、友人が話してました。
また、日本語は平仮名カタカナ漢字それぞれ、脳の異なる部分を使うそうです。
平仮名カタカナ漢字の複雑な組み合わせを難なくこなす事により、脳は鍛練されてゆくのかも。




それゆえに、グローバル勢力にとっては、日本人から日本語を奪うことが最後に残った難事なのでしょう。
実質的な英語公用語化は政府およびグローバル企業から進んでいますね。




伝統文化の基礎は固有の言語ですからね。民族としてのアイデンティティの基礎でもあります。
ワン●ールドを実現する為に文化や民族の多様性の基礎になっている固有言語を奪い、破壊することを狙っているのだと思います。




特にここ20年ほどで、日本語に対する徹底した破壊工作が一気に進んだと感じる。
言語を守るという、生死以上の、「世界」をかけた闘いが自覚的に続けられなければならない。
少子化では日本人は滅びない。
日本人が滅びるというのは、端的に日本語が滅びるということだ。




世界一普及している言語、英語。
それは英国による侵略と入植の歴史の証でもある。
文化を捨て、言葉を捨てたときが、いよいよ民族が滅ぶときなんだろうな。




鈴木孝夫の世界: ことば・文化・自然



長年アメリカで暮らし入院された方が、英語の単語は出てこなくなるし病院食がフライドチキンやポテト&ケチャップ等油モノや味の濃いモノばかりで、さっぱりした日本食が食べたくて困ったそうで、言葉だけで無く味覚も戻ると解って帰国されたと。



格安フィリピン留学、3つの「不都合な真実」
安いのにはそれなりの理由がある




バイリンガル教育
バイリンガル教育に興味を持っている人は多いですが、私はバイリンガル教育にほとんど意味はないと思っています。

1) 環境

 日本人を両親として、家族に英語ネイティブがいない場合は英語圏で育てる以外に英語をネイティブ並みにする方法はないです。

インター、準英語圏で英語教育しようとする親は多いですが、この場合、英語ネイティブと触れる時間が圧倒的に少ないため、ネイティブ並にすることは出来ません。ノンネイティブといくら接しても、正しい英語は身につかないからです。


ノンネイティブ同士が英語で話す場合、かなりストレートでシンプルな物言いをするしかなく、それは日本語で言うところの常にタメ口、行間のない直球勝負をするような品のない言い方でコミュニケーションをとるしかないです。

それをノンネイティブ同士がビジネスで使うなら、それはそれでいいのですが、英語ネイティブからすれば、不快に感じるレベルです。

 子供に英語を身につけさせるために非英語圏への海外駐在でインターに通わせる日本人、親子留学でシンガポールなり、フィリピンに行く韓国人親子は多いですが、この育て方では大した英語力は身につかず、本国で育つ子供よりは上手いが、だからと言って、大人(中学生以降)になって本格的に英語を学びだす子供に比べて、圧倒的な優位点はありません。

少々覚えて、帰国すれば、すぐに忘れるだけです。

 親が英語圏で生活しているならともかく、そうでないのに英語圏で正規ビザを取り、外国人料金の学費を払って、現地校、特に外国人を受け入れることに慣れている私立校に通わせ、二重に生活費を捻出するのはよほどの資産家でもなければ、家族がすべてを犠牲にして、子供に英語を身につけさせることになります。

また、親子留学で浮気をする人は多いので、家庭崩壊の恐れもあります。



2) 両立

 言語距離の遠い、英語、日本語を両立するには才能、努力、時間がたんまりかかります。

ほぼすべての単語を2重で覚える必要があり、二倍勉強しなければ、両方がネイティブ並にならないからです。

 日本人が日英のバイリンガル教育をさせると、他に何も出来なくなるくらい言語だけに時間を使わざるを得なくなります。

英語圏現地校に通わせ、日本語補習校、通信教育などをこなし、母語だけに集中している子供に遅れをとらないようにするのは至難の業であり、どんな子供でもできることではないです。

英語がネイティブ並にならない、英語しか話さなくなり、日本語が怪しくなる、セミリンガルになる、と言う結果になります。


 言語に集中するために、生きていくうえで必要な友達との社交術だったり、体力をつけるためのスポーツ活動をしている余裕が明らかに少なくなり、かなり多くのことを犠牲にする必要があり、それでも子供に英語が必要なのか?、をきちんと考えておく必要があります。

どうしてもバイリンガルであるべき環境で育つ子供はほとんどいないだろうと思います。



3) 理系

 2)で説明しましたが、言語習得に時間を使いすぎているので、バイリンガル教育を受けると、文系にしか進めない可能性が高くなります。

言語に時間をかけすぎているため、子供の興味が文系に偏りやすい上、二言語ができることが自分のプライドのすべてになりやすくなるのは当然だと思います。

帰国子女が同級生と比べて、少しだけ高い英語力を誇って、将来は英語を生かせる仕事につきたい、と言うのと同じです。

 何かしらの事情でバイリンガル教育を受けてきたハーフ、帰国子女、インター育ちで理系に進む人は1割もいません。一般的に文理比率は7:3くらいが、9:1以上になってしまうのは明らかな文系志向が見て取れます。

ただでさえ、文系に進んだ時点で可能性が制限されるのに、バイリンガル教育で白人的価値観を培ってしまうと、日本社会ではつまはじきになる可能性がぐっとあがりますし、文系は社内政治から身を遠ざけておくことが非常に難しいです。

 いくら英語が出来ても、文系の場合はそれを生かすことがほとんどできず、何かしらの事情でアメリカ国籍、永住権を持っていて、英語がネイティブ並みであっても、アメリカで文系アジア人がまともな仕事を見つけるのは相当難しいです。

実際にアジア系アメリカ人の職業か偏っており、理系、資格職、公職など差別を受けにくい分野に集中しています。


 結局、英語自慢の文系は日本企業の海外部署、日本にある外資くらいしか職を見つけることが出来ず、前者は英語力よりも社内政治力の方が求められますし、後者の顧客は日本人なので、社内的に限定的な場面でしか英語を使うことはないです。


■ まとめ

 TOEIC900以上と言いますが、数字であらわせない3段階、何とか9割取れるだけ、コミュニケーションが取れる、ネイティブと対等に出来る、で分けられますが、ほとんどの日本人、ノンネイティブはそのレベルを気にしないし、レベルの差を理解することすらできません。

多くの人は900ってだけで、凄いと思い込んでいます。彼らの英語力が低すぎて、数字でしか判断できないからです。

 最上位クラスが必要なのはフロントとして、直接英語ネイティブと密にコミュニケーションを取らなければならないポジションしかなく、そんなポジションを日本人にさせる企業は少ないです。


仮に営業でアメリカ駐在しても、やるのは日米の間に入る調整役、管理職だけで、社内的に日本人のおかしな英語になれたアメリカ人となんとかやり取りできれば、それでよく、アメリカ人顧客向けにはアメリカ人が対応します。

 こういう状況であっても、子供にバイリンガル教育を与えたいのでしょうか?
失敗してセミリンガルにするリスクはかなり高いですが、そのメリットはほとんどないですよ。

例えば、セミリンガルの文系シンガポール人が英語圏に行っても、英語ノンネイティブであり、中国に行っても、中国語ノンネイティブであり、戦える場面は限定的であるように、英語、日本語の中途半端な日本人が戦える場所はほとんどないです。

 富裕層であり、自らが技術を身につけなくとも、お金、コネの力で、好き勝手できる立場なら、英語を身につけさせて、文系に進ませて、外国人と社交出来る程度でもいいでしょう。




語学習得にかかる時間
1) 言語距離

 英語と日本語は何の共通性もないため、難易度は最高レベルになります。日本人にとって英語をある一定レベルにするのは本当に大変です。

 日本人は中学、高校、人によっては大学でも英語を勉強しているのに、何で英語が話せないんだ?、という疑問に対して、教育が悪いからだ!欧州では口語を中心とした実践的な勉強をしているため、話せるが、日本では文法を中心とした読み書きばかりの非実践的な勉強をしている、と言います。これはまったくの間違いです。

 欧州人で英語が得意なのはゲルマン語派に所属する母語を持つ人だけで、ロマンス語派、スラブ語派に所属する母語を持つ欧州人はそれほど得意でもありません。

ただ単に言語距離が得手、不得手を決めているだけで、教育が原因ではありません。

日本人が英語を一定以上できるようにしようとするっていうのは難関試験突破くらい難しい、ということを覚えておいてください。

趣味程度に勉強して、税理士になる人が存在しないように、趣味程度に英語に取り組んで話せるようになる人はいません。




家庭の中のバイリンガル教育の盲点



語学留学しても英語達人にはなれない(上)
語学学校ドロップアウト組に待ち受ける落とし穴


語学を学ぶのに海外に行く必要はない~語学留学しても英語達人にはなれない(下)
語学産業に踊らされるなかれ


語学産業に消えるお金の総額と労力・時間を考えると、気が遠くなります。



バイリンガルに育てる
努力によってネイティブになるって言うのは無理であり、ネイティブっていうのは生来のって言う意味なので、両親、生まれ育った場所で自然に身につけたものがネイティブ、努力によって身につけた言語はどんなに素晴らしくうまくともネイティブにはなりません。

 つまり、英語ネイティブとして育っていない限りはどんなに努力しても、英語ネイティブにはならないので、英語ネイティブ向けの仕事は出来ません。


日本語も同じで、埼玉出身wという冗談があるくらいのデーブ・スペクターさんだって、日本語の文章添削なんて出来ないわけで、彼は英語ネイティブであって、日本語ネイティブではないのです。

 だから、私は「無駄な努力をするな!」っと何度も言っているわけです。

英語は自分の専門を生かすための道具であり、道具だけをひたすら磨いても、それ自体は専門にはならないんです。

英語を専門にすることができるのでは英語ネイティブだけです。

日本人が日本語の専門家になることはできますが、英語と違って、世界中で需要のある言語ではないので、さほど大きなチャンスはありません。

 最適なケースは日本語が母語として固まった中学以降に英語圏の学校に通い、理系科目をきちんと習得して、そのまま英語圏の大学に進学することですが、この場合は態度が白人そのものになってしまい、日本語が母語であっても、日本人として通用しなくなる可能性もあります。

バイリンガル教育ってあそこを抑えると、ここが出てくる、という「もぐら叩き状態」であり、お金、労力がやたらかかる割にはその効果はあまり期待できない徒労に近い行為だと思っています。

仮に達成しても、「だから何?」っという程度の成果しか挙げられないでしょう。

二ヶ国語が完璧に使えることで表彰されることはないですよね?w もっとストレートに言うと、お金にならないってことです。

 私は完璧な日英バイリンガルに会った事はないですが、存在を否定しているわけではなく、日英の両親を持つハーフで、子供の頃から日英ネイティブと接し続け、言語の才能を持ち、双方の国で教育を受けている人なら、バイリンガルを達成しうるのではないかと思います。

 つまり、バイリンガルなんて、そう簡単になれないし、なる意味もない。

どうせなら、最初から英語圏で英語圏国籍を取り、英語ネイティブとして育てて、日本語を外国語として学んだほうがチャンスは広がるし、そうでないならは専門性を身につけることが先決であり、やたら英語にこだわり続ける意味はないでしょう。

 早期留学、インターだ、と言ったことを確固たる信念もなくする親は多いみたいですが、そんなのことしてもバイリンガルになれないどころか、日本語すらおかしくなる可能性があります。

日本語がおかしくなれば、日本人として生きていくことはできないし、英語ネイティブでもないので、それで生きていくことも出来ません。


 将来、海外で働いてみたいから、私大外国語学部、英語圏のFランに入るって言うのは最もその希望から遠ざかる行為をすることであり、正解は海外で働いてみたいから専門を身につけて、その分野で認められることがもっと近い道です。特定の分野で認められれば、英語力はそこそこで十分であり、チャンスはいくらでもあります。

 ともかく、一般の日本人には専門が一番大事で、文系に進んだら、日本、日本人を離れて仕事をすることは困難であり、せいぜいコミュ力磨いて日本企業の駐在として海外赴任するのがせいぜいであり、「グローバルに活躍する」ことを放棄することになるってことに気がついている海外志向のある高校生はどれくらいいるのでしょうか?w 



英語早期教育の種類
英語教育に一生懸命になっている親のほとんどが本人の英語力はお粗末なものであるだけでなく、海外経験も十分にないことが多いです。

自分の白人、英語へのコンプレックスを子供で解消しようとしているだけであり、深いところまで考えが行っていないのでしょう。


 私は英語の早期教育は特殊なパターン以外には勧めません。

一般的にはメリットの割りにデメリットが大きすぎるからです。

大きくデメリットが現れたときに自分のお金、権力で無理やり何とかできるなら、それも良いですが、庶民はそんなことできないので、やめておくのが無難だと思います。




ハリウッドの「白人男性優勢」、論文で明らかに



求められる英語力
英語力を上げるのには膨大な時間と努力を必要とします。

その労力を自分の専門を磨けば、英語力はさほど必要がありません。

英語が好きで仕方ないならともかく、さほど好きでもない、というなら、迷わず理系専門職として、腕を磨いていくことが世界につながります。



英語力ギャップ
日本人としては英語がうまくとも、世界標準では何の意味もない程度の英語力なのです。

日本人として日本の大学に入ったり、日本企業に勤めたり、在日外資企業に勤める分には少々の英語力でもいいと思うんですが、世界を相手にして、既得権益を持つ白人、特にアングロサクソンとまともに戦おうとするにはあまりに英語力が低すぎると思います。

 だから、安易に英語圏の大学に行けってことではないです。

学部レベルだと、スカラーシップはまず取れないので、金持ち以外にはない選択肢です。


 世界の動向として、英語が一定レベルに達していないと、実力を見る前に切られてしまう、という傾向になりつつあるのは理解したほうがいいです。現に準英語圏のインド、シンガポール、フィリピンあたりはそうなっており、英語が苦手なだけで、高等教育は受けられませんし、仕事をしても、管理職にはなれません。



ネイティブ英語



中途半端な海外慣れ
 中途半端な英語力を持つ人ほど英語に自信を持っているもので、一般的にTOEIC900くらいの中級者が自信満々で、900くらいあると、自分の思っていることを十分に伝えられるので、自信過剰になりがちです。

自分の英語力はネイティブ並だとか胸を張る人は800後半~900前半くらいの中級者は結構多いです。

英語圏であっても、900くらいの英語力では本格的なトラブルを乗り越えられるレベルではありませんし、非英語圏なら英語ネイティブであっても、さほど意味があるわけでないです。

何か国訪問した、海外生活何年、ということを声高に言う人がいますが、そんなことは何の意味もなく、どこまで行っても、外国人は外国人、もっと言ってしまえば、国籍を変えようが、完全に地元民にはなれません。



グローバルエリートの条件
読者さんの多くがお子さんを「世界で通用する人間」にしたい、と願っているようですから、この「グローバルエリート」になる条件を挙げます。


1) 白人

いきなり日本人には無理な条件が出ましたw 

産業革命以降、白人、特にアングロサクソンが世界を圧倒してきて、世界王者としての地位を確立しました。

非白人は白人と言うだけで尊重しますし、最大級の待遇を用意します。

これは彼らの遺産だと行ってもいいでしょう。世界中どこに行っても歓迎してもらえるのです。

世界人口の半分を占める中国人、インド人の白人崇拝は強烈なものがありますし、多くの旧植民地では未だに白人が大きな利権を握っています。

シンガポールにしても同じです。白人というだけで同じことをしていても高給がもらえますし、スターのようの扱いをしてもらえます。

シンガポールの白人男性はよほどひどいナード(キモメン)でもない限り、セックスに不自由することは無いです。


2) 英語ネイティブ

1)に加えて、英語ネイティブだと完全に最強です。

「なんで、この白人がシンガポールの政府系企業の経営者をしているの?」っといいたくなることがあります。

例えば、シンガポールのテレコミュニケーション会社のスターハブは日本のNTTドコモが出資していますので、日本人の経営者が当然いますが、白人英語ネイティブはこういったバックグラウンドは何も無くとも経営者をしていたりします。まあ、白人経営者がいると、グローバルwな感じが出るからじゃないでしょうか?

別に経営者レベルでなくとも同じことで、白人、英語ネイティブと言うだけで、Fランで弁護士資格を取ったというだけ、場合によっては資格を持たず、法律事務所での勤務経験があるだけで、非英語圏で契約書の校正をするだけで、年収1千万、2千万もらう白人は沢山います。

これは白人で無ければならないことは無いのですが、白人が好まれます。英会話学校と同じで、非白人は格好が付かないので嫌がられるのです。

アジア系英語ネイティブはさほどの優遇されているわけではありません。

日本人でネイティブに近い英語力を身につけても、「じゃあ、なにやるの?」っという感じで、結局はローカルとの競争に勝てなければ意味ないです。

特にシンガポールではそれ相応の学歴エリートが東南アジア、中国、インドから集まってきますので、日本人だということを抜いても戦い抜ける実力を持つ日本人はごく稀でしょう。


3) 理系

アジア系がグローバルエリートwになれる唯一のチャンスは理系の専門家です。

確固たる専門を持つ理系は人種、国籍、性別を問わずに世界中でチャンスがあります。

シンガポールでは世界中から優秀な研究者、技術者を呼び集めており、莫大な資金を彼らに与えています。

その一方で、結果が出なければ、誰であろうと問答無用で解雇します。


「東大京大文系だってエリートじゃないか!」っという意見もありますが、彼らは国内専門のエリートであり、海外に出る場合は国費なり、駐在なり、日本、日本企業の援助によって彼らのポジションを確保しているのに過ぎないので、「グローバル」ではありません。

「じゃあ、アイビー、G5文系は?」っという疑問ですが、「で、何するの?」っていうのが私の回答で、具体的に何かができるわけでない文系が英語圏のトップスクールで学位を持っているからと言って、母国のサポートなしにどうやってグローバルに活躍するんでしょうか?


■ まとめ

「子供を世界で通用する人間にしたい!」っと言って、早期英語教育を望む人に聞きたいですが、それはあなたの旦那さんが白人で、子供も白人的見た目をして、白人的文化を身につけていない限り、文系では通用しません。

そして、早期英語教育受ける人間は理系科目を苦手とする、安易な文系を選択をする傾向がありますから、世界で通用する人間から遠ざけてることになります。

何度も言いますが、東大だろうが、ハーバードだろうが、文系だと母国のサポートなしで他国で活動するのは非常に困難なのです。

アジア人が「グローバルエリート」になるためには理系に進むしかない、ことを理解したうえで子供の教育を考えるべきです。

これだけ言っても、子供に早期英語教育を与えたいですか?答えがYesなら、これ以上何も言うことは無いです。




英語力査定



国際感覚について
3) 真の国際人

コンプレックスの解消はアイデンティティーの確立だ思います。

自らの出自を誇り、深く理解し、文化を異にする他人を尊重できることだと思います。

だからこそ、日本人なら日本語力を高め、日本の歴史を知り、日本の文化になじむことが大事ではないでしょうか?

国際感覚を養うためにインター校に子供を通わせるって言うのは逆効果になる可能性が高いです。

インター校は基本的に白人用であり、非白人は白人の輪に入れていただく、というスタンスを取ることになります。どんなきれいごとを言っても、教育言語が英語で、英米のカリキュラムに沿って、白人文化が正しいとされる学校で学ぶのですから、お邪魔する、という表意現になるでしょう?

そういった白人優勢、白人が主導権を握った学校で育つ子供は英語、白人コンプを募らせることが多く、英語の発音を異常に気にしたり、白人的振る舞いを白人以上に大げさにしたりすることも多いです。

もしくはインター校内のアジア人グループに所属して、その輪から殆どで図に生活する学内マイノリティーになります。



英語が話せる人と、挫折する人の決定的な差
多くの人が挫折し、時間とお金を大量に無駄にしてしまうのが現状で、何度もやったりやめたりの繰り返し。

留学しても長年海外に住んでいても、度胸だけついてできないままの人がいます。


※英語学習に費やした時間でほかにできることが犠牲になっている。

ある意味、実質的に寿命が短縮したのと同様という説も。

永住権も、多くの人が挫折し、時間とお金を大量に無駄にしてしまうのが現状。




日本人の英語力「お金かけても向上せず」


海外移住と世界の言語地図


帰国子女の99%は不正確な発音で話している


海外に行けば自然と英語が身につくわけではない


海外留学すると英語が話せるようになる?
残念ですが幻想です



あなたの英語が通じない理由ー日本語と英語の世界観ー


海外留学を終えた人の帰国後の人生はバラ色?それとも?


「英語が苦手」は脳の部位同士のつながりのせいかも


日本人の脳は英語学習に向いてない
日本人は平均3000時間の英語学習をしていながら、半分の実力しか出し切れていない。

東京医科歯科大の角田忠信名誉教授は これについて、科学的解釈をしている。

いわく日本語は「単脳言語」だが、英語は「複脳言語」であり、日本人が日本語を話す際には左脳のみ用いて情報を処理するが、英語を話す際には左右両方の脳を併用する必要があり、言葉のメロディーとアクセントを処理する。日本人の英語学習には先天的ハンディーがあるようだ。



ムダな努力を減らしてシンプルに生きる方法
人にはそれぞれ、自分に「向いている努力」と「向いていない努力」があるもの。

ムダな努力を重ねたとしても、才能と能力と時間とお金を無意味に浪費することになるだけ。

そればかりか、さらには心も消費させてしまう
ということです。


時間を無駄にしないための5つの方法
「時間を無駄にする者は、自分を浪費する者」(エストニアのことわざ)



日本人の能力を最大に発揮でき、日本人が生きるのに最適な「場所=フィールド」が創設されれば、海外でも日本人の才能を活かし、世の中を変えるような「何か」が生まれるかもしれない。

海外で大規模な日本人コミュニティーがあれば、語学学習に費やす膨大な時間とお金のロスも不要になる。

こういう発想が出てこない限り、海外で日本人の苦難は続く。

過去から日本人の膨大な時間と莫大な資金が世界中で無駄に失われ消耗し続け、しかも現在進行形で、このまま延々と継続していくことを考えれば、日本人は真剣に検討すべき時期ではなかろうか。

(海外永住者談)

【超重要】

海外移住を簡単にする画期的な方法とは



私ってナニジン? 国境に裂かれる子供の心
異国の地へ渡った子供たち。遠い東洋の国。全くの見知らぬ地。
学校へ行けば、理解のできない言葉が飛び交う。

落ち着いたと思ったら、母国へ。
そして新生活のペースになじんだと思ったら、また、日本へ


親を選べぬ彼らの運命は、大人たちに翻弄される。
子どもにとって、行ったり来たりは、決していいことではない。


日本語で出来ないことは英語でも出来ない


子供の将来を考えた結果、海外移住を希望するのは親の身勝手?
日本の学校教育に疑問を感じられて、それなら海外の学校へ子供を通わせてしまったほうが子供のために良いのでは?と仮説を立て、それならいっそのこと自分も海外へ永住してしまおうか?と期待を膨らませ、子連れ留学、子連れ移住の関連書籍を読み込むうちに、その選択が絶対的なものであると思いこんでしまう、というケースが非常に多いです。

そして、全ては子供の将来のためだから、という大義名分を打ち立ててしまう結果、海外に移住して海外で子供を育てることが理想であると考えてしまうのでしょう。

単純に英語がしゃべれるようになるから子供の将来にプラスになると考えるのは同意しかねます。

慎重に考えなければならないのが、お子さまを連れた海外移住というものだと思います。


ダブルリミテッド(セミリンガル)とは?


母国語を持てなかった男の子の取り返しのつかない悲劇


ダブル・リミテッド ~バイリンガル教育の悲劇~


母語を学ぶことと外語を学ぶこと


知っておきたいダブルリミテッド
(セミリンガル)現象!



ダブルリミテッド~グローバル化の裏側で
苦悩する子どもたち



母国語をなおざりにしたツケ -
親子英語・英語育児の危うさ



帰国子女やバイリンガルはいい人材ではない

実は日本語が不自由な帰国子女がほとんどなのだ。

それほど母国語(英語)と日本語の両立は想像以上に難しいのである。

海外に住むようになると、日本語を覚える機会がなくなってしまうので、日本語の補習校に通う子供もいるが、現地の言葉と日本語の両方を習得しなければならないとなると、相当子供は混乱するだろう。

幼いころから多言語に触れているために、どの言語もまともに話せない。理解できないようになる状態を社会言語学の世界では「セミリンガル」「ダブルリミテッド」といわれている。

海外で生まれた日本人の子供をバイリンガルに育てようとして、言葉でうまく伝えられずにすぐにカンシャクを起こすようになるケースも多い。

幼児期に複数の言葉を教えるのは、子どもの発達や人格形成をわざわざ妨害するようなものである。

言葉は人格を形成する基礎となるものである。その国の文化を理解するのも、歴史を理解するのも、その国の言語を自分のものにしているからである。

人は言葉によって思考するのだから、その言葉がうまく表現できないと、思考まで揺らいでしまうのは当たり前なことである。


日本人が海外で生きるには、日本語とスキール(技能、技術)が重要
国際人になろうと、必死で英語を勉強する人がいる。

しかし、中身がないのに、言葉だけを学んでも、愚かである。

帰国子女、子弟で問題になるのは、アイデンティティの問題である。

日本人にもなれず、さりとて生まれた国の子にもなれない、中途半端で不安定な生徒を生み出している点である。

日本人としてのアイデンティティが、熟成するまえに、中途半端に英語ができて、海外にでたら、これも途中でおかしくなる。



無理しなくていいのでは・・・
母子移住されている方へ。

わざわざ生活レベルを下げてまで行く価値があるのでしょうか?

まっとうな職につくには、現段階で優秀な大学を卒業した人が一番確率が高いです。

これも全世界共通。

一番最悪なのは、先進国ではインターに行かせることができないご家庭が、インターに行かせるために後進国のインターに入学。

その後、授業料の問題で結局、先進国の大学に進めず、地元の大学を卒業。

優秀な地元の大学なら問題ないでしょうが、ローカルの いわゆる普通の大学を卒業したら、それなりの評価。




ブログに本音なんか書けない
ちょっとでも否定的なことを書くと、「だったら帰れ」「来るな」というオコチャマ丸出しのコメントが多く付きます。

そりゃどこでも同じで、好きで集まって、自分の選択は間違いだなんて思いたくもないですから、物事を良い方ばかりに取るんですね。

目障りな意見は捻り潰す。


「夢がどこかにないか」探している人たちは自分も同じ夢が見たくて飛びついてしまう傾向がある。

これは、マレーシアに限ったことじゃなくてどこでも同じ。

ま、飛んで火に入る夏の虫タイプは嬉しい話ばかり探すようになって、そういう話はゴマンと転がっているわけですが、では冷静に考える人達に取ってはどうかというと、情報が全くと言って良いほどないんですね。

あらためてマレーシアのMM2Hの取得者数を見ると合計で3,700組いる。

でも今の時点でどのくらい残っているんでしょうか。巷の話を聞いた限りではかなりの数の人達はすでに引き上げているだろうと思います。

これはゴールドコーストも同じで、
20数年前にはごちゃごちゃいた永住組も、私の知り合いでは3分の2以上の人たちがいつのまにかいなくなっています。

ロングステイではなくて永住組の数字ですよ。

私は以前日本人会の理事も2期やっていましたし、それなりの知り合いも多かったですが、本当にあの当時の人達が消えていなくなっている。

今では私の日本人の知り合いなんてほんの微々たる数しかいません。

帰りたくないのに帰らざるをえない人って少なくないんですね。

理由は様々で、経済的なものも大きいですが、子供が地元に馴染めなかったり、人間関係が嫌で離れていった人もいたし、当初の「夢と希望にあふれて笑顔でいっぱいだった人たち」というのはある一面でしか無いのがよくわかります。

浮かれている時期って誰にでもありますが、大体、早くて3年、長くて5年もするといろいろ見えてきて有頂天さはなくなってくるし、悪いところもよく見えてくる、そして喜びだった毎日の出来事もいつの間にかただの日常となって感激もなくなる。

すると今度はそこに住むことが苦痛になるひとも出て来る。

ま、いろいろあるわけですが、帰らざるを得なくなった人、もう引き上げようと思った人の話ってどれだけ聞いたことがあります?ほとんどないはずなんですね。

良い話は100も200もあるけれど、もうダメ、引き上げますって話は100分の1もないでしょ?

「知り合いの殆どは引き上げた」という印象しかありません。

なぜ引き上げたのか?

実際には何が起きているか、起きたかなんて書く人はほとんどいないし、経験者も書かない。

ここが問題なんですね。


来た当初、盛り上がってる頃は「最高~~、幸せ~~」と書いているのに、何かあって帰ることになるとぷっつり書くことをやめてしまう。

また本人も後悔をしたくはないですから、書いたにしても過去を美化する傾向があることや、オブラートに包んだ書き方しかしないのも忘れてはならないと思います。

こういう状態ではまともな情報なんか入ってこないし、何を基準に考えたら良いか、自分や家族の将来に何が起きるかの予想もできないってことだと思うんですよ。

ましてや「移住のすすめ」を書く人は多いですが、そういう人の書き込みを見ていると、まずその人こそが「移住したばかり」なのが普通でしょ?

まだ頭に血が上っていて、毎日が感激の連続で、「最良の決断をした」と信じているわけ
ですよ。

でもそれは殆どの人が通る道で、大事なのはその後なんですね。

子育ても同じです。

子供が小さい時には親の言うことを聞きますが、中学高校になったらどう変わっていくか、これは経験してみないとわからないんですね。

また私がいつも書いていますが、永住権もないと大変なことになるというのが薄っすら気がつく時期でもあるわけですよ。

でもそういう経験のない人たちが身の回りの良いことばかり書く。

私はある意味正直に、「もうオーストラリアでは食えないから出る」と書いていますが、同じ理由で帰る人、他国へ移る人はかなりの数いるんですね。

もちろん他にも理由なんていろいろあって、でも夢いっぱいの人にはそういう話は届かない。

でもいつかそれを見ることになるし、自分がそうなることもある。

海外に出るとか、海外での子育て、海外での起業にしても、ネットの中にある情報なんて上辺だけのものが殆ど現実の問題に関しては全くと言って良いほど語られていないという事実を知る必要があると思います。


また積極的に書いている人も、まだ経験途中でしかなくて、何かをやり遂げた人が振り返って書いているんじゃないんですね。

コンサルタント選びも慎重にしないと、飛んで火に入る夏の虫にしかならないし、
海外脱出組のほとんどはそれでやられてしまうのが実情
だと思っています。

そもそも「夢を持つ」ことそのものに、失敗を呼びこむ根源があるんですね。

夢を持たずに何ができるか?なんて思うのはまさにわかってない人の言い方で、海外に夢を持つことの大半は「海外コンプレックス」でしかないことを知るべきだし、海外の子育ても「英語コンプレックス」があるからかもしれない。

英語が大事なのは当たり前だけれど、本来我々に、あるいは子どもたちに必要なのはツールとしての外国語であって、それを得るがために
「母国語がないがしろになる」危険のほうがはるかに重大だと考えるべきだと私は思っています。

あるいは言語だけではなくて多民族とうまくやる能力を伸ばしたいなんて言う人も多いですが、それって海外育ちだからどうなるわけじゃなくて、個人の性格、能力によるもののほうがはるかに大きいと思っています。

実際に子育てを海外でしてみればわかりますが、兄弟でも全く違ったように育つし、外人嫌いな子供やコミュニケーション能力がない子供はいくらでもいるってことを忘れるべきじゃないと思います。

海外、海外というけれど、ではその地に住む子どもたちを見て、彼らと同じになるのが良いことなのか、それをじっくり考えるべきだと思います。

我々親は、子供は日本人として育つと信じていますが、それは単なる錯覚でしか無くて、子供は日本人プラスアルファを持つ子供にはならないんですね。

地元の子どもと限りなく近く育つだけ。そのことに気がついていない親が多すぎると思います。

そしてこれは、子供が大きくなって「こりゃヤバい」と思った時にはもう遅いってこと。

親は外国に憧れるかもしれないけれど、子供にとっては日本こそが外国になるんですね。

もちろん日本語は外国語でしかなくて、親が英語で苦労したのと同じように子供は日本語に苦労する。

さてさて、海外育ちの子供は一体何人になるんでしょうか。

アイデンティティはどんなものを持つのでしょうか。

国際人なんていうカテゴリーは世の中には存在しないし、あえていうならそれは「根無し草」、あるいは「放浪者」「難民」と同じレベルになる。

海外で子を育てる親はそういう危険性も考えているのが普通で、もしそうなって子供が日本を選ばないように育っても大丈夫なようにその国の永住権を確保するんですね。

何人だかわからないような、日本語もちゃんと使えないような子供が、日本に住む権利しかなく、日本でしか働くことが出来なかったらどうなるか、そういうこともちゃんと親は考えるべきなんですね。

気をつけないと子供は外人になってしまう。

また親も同じで、海外に10年、20年と滞在していると、今更日本には帰れないってことになるのが普通で、そういう日本人が海外にはゴマンといるのも知る必要があると思います。

そういうことも踏まえた上で、ではどうしようか、というのが情報交換であって、でも残念ながらブログの世界ではファンタジーの話しかできないと感じています。

ファンクラブの親衛隊みたいな人たちの自画自賛を聞いても、そんなのはいつか目が覚めるのはわかりきっていて、覚めた時にどうする、どうなる、何を感じるのかが一番大事だと思うんですよ。


「(腰掛けではない)お国替え」を真剣に考えた場合、知るべきことは山のようにあると思うんですが・・・。

でもそういう話はネットの中を探しても一切出てきません。



じゃあ、語学学校の是非

英語を学ぶために語学学校はどうでしょうか? ⇒ 無駄ですw


1) 予備校

 英語圏の大学に進むためのコンサル込みの予備校は語学学校ではありません。

英語で教育を受けない日本人が予備校なしに一定以上ランクの英語圏の大学に進むことはほとんど無理です。

入学許可を取るためのノウハウもわからないので、手探りになってしまいます。

 いきなり、現地に行って語学学校から始めるより、日本でしっかり準備して、入学許可が取れてから出発した方が良いです。

日本で準備せず、出たとこ勝負で英語圏に乗り込み、語学学校から始めて、一定ランク以上の大学できちんとスキルになることを身につけた例をしりません。

 最も多いのがほとんど何も準備せず、エージェントにお金を払い、語学学校に入り、現地Fラン文系に入り、そのまま適当に単位をそろえて卒業、というケースです。

もっと最悪なケースは語学学校でタチの悪い日本人と付き合いだし、違法薬物で国外追放、TOEFLすら規定の点数を取れずに帰国です。


2) 国内語学学校

 駅前に色々ありますね!無駄だと思います。

IT革命の前なら、やる気維持、話す場の確保の意味があったと思います。

今はSkypeでいくらでもレッスンが受けられます。駅まで行く必要もなく、自宅でやれば良いです。Skypeだけでなく、Youtubeにも無料の質のいい教材が落ちています。Facebookで英語でやり取りするコミュニティーに入っても良いです。

 すでに時代が変わっており、わざわざ学校に行かないと英語が学べない時代ではありません。本人にやる気があれば、いくらでもタダで学べます。

英会話学校に払うお金があるなら、別のことに使った方がいいです。

海外においては資金が命で、金のない外人など、不貞外国人で、望まざる客に過ぎません。



3) 現地語学学校

 これもほとんど意味ありません。

シンガポールの語学学校は落ちこぼれ外人ばかりです。

エリートは当然として、並の外人でも語学学校に通わず、TOEFL, IELTSの規定点をクリアして、入学許可を出してから、引越しをします。

 語学学校に通わないと、英語も身につかないような落ちこぼれは当然国立には入れず、Fラン文系へと駒を進め、そうしたFラン文系にはシンガポールにある学校なのに、シンガポール人はゼロ、という脅威の金儲けのための学校に行くことになります。


■ まとめ

 英語すら国内で身につけられないくらい意志薄弱な人は海外大学に行くべきではないです。

日本の大学、そこそこの理系大学に入れるなら、そうしたほうが確実に海外に近づきます。そこそこの理系にも入れないくらいの学力なら、手に職を身につけましょう。

 ちなみにですが、日本企業の駐在はまともに英語が出来る人なんて1割もいません。



バイリンガル
一般日本人にとって、英語習得が困難であることを記事にしました。それではハーフ、帰国子女などの環境によってバイリンガル、と言われる人について記事にします。

1) そのレベル

 一般的にバイリンガルと言われる人の語学力は本人の経歴、努力、能力によって、千差万別であり、高いレベルで両立、 母語の他に少し外国語がだけ、両方おかしい人、完璧なバイリンガル、と様々です。

ハーフ、帰国子女が売りの芸能人、アナウンサーも語学力は様々で上手だな、と唸るような人もいれば、まったく出来ない人もいます。

 私は完璧なバイリンガルに会ったことがありません。

存在を否定はしませんが、ある種のプロみたいなものであり、野球をずっとやった結果、プロ野球選手になる、というのくらい難易度です。

私は野球をやっていた友人がたくさんいますが、プロになった人を一人も知りません、なので、私が完璧なバイリンガルに会ったことないのも珍しいことではないのでしょう。



2) 特徴

 二言語の両立レベルが高くなれば、人生の時間を語学、文化習得に費やしたため、その他の事に興味が持てない、持つ余裕がないのか、専門性がほとんどなく、フラフラしている人が多いです。

大学の専攻も比較文化、などの教養系学部で言語、文化を学び、日本の一般サラリーマンとして生きるには不都合な興味、性格、考え方を身につけている傾向があります。

 逆に言えば、欧米型の教育で培った自己表現、主張、異文化理解などを生かして芸能人になりたいなら、それもいいでしょう。実際に日本に限らず、二言語教育を受けてきたハーフ、帰国子女の芸能人はアジアにたくさんいます。

 理系専門職で一定レベル以上のバイリンガル、という人は極少数です。

例えば、日本人ノーベル賞受賞は数多くいて、そのほとんど全員がアメリカ、英語圏との関わりを少なからず、持っていますが、幼少の頃から英語に関わっていた人は一人もいない上、英語力はスピーキングに関してはお粗末です。

彼らにとって英語は自分の表現手段であり、自分そのものではないのです。

それに対して、バイリンガルと言われる人は英語が自分そのものであることが多いです。


3) アイデンティティー

 アイデンティティーが確立していないことが多く、どこで暮らしても、外人のような感覚になっているのでないか?っと感じる人が多いです。

何がしたい!っという意思の元に住む国を変えているのでなく、フラフラと嫌になれば、引っ越したり、常に評論家のようにどちらの国も見ている人が多いです。

 グローバルシチズン、と言えば、カッコいい存在ですが、要するに根無し草です。

所属先がなく、どの国にも愛着がなく、付き合う人間は似たような経歴の人間が多いです。



■ まとめ

 バイリンガル、ハーフ、帰国子女、カッコいい!!!、という風潮がありますが、これは白人コンプレックス、英語コンプレックスの結果だと思います。

白人は世界の王者であり、英語は世界語ですから、当然の憧れです。

 実際にはほとんどのバイリンガル、と呼ばれる人がどちらかは外国語レベル、どちらも外国語レベルであり、両立している人はほとんどいませんし、トレードオフの関係になり、子供の頃から二言語、二文化に馴染もうと努力した結果、どちらにも馴染まない人間になってしまうことが多いです。

 私自身は英語にこだわりはないです。どんなにやっても日本語以上の存在になることはないでしょうし、なって欲しいと思っていません。


私は日本人であり、人生の指針はぬるりと生きること、ですw



英語の幼児教育

最近、幼稚園児に英語を教えるサービスが英語幼児教育が流行っていそうですが、私はほとんど意味のない行為だと考えています。

もし、教育資金が無尽蔵にあり、効果がほとんどなくても気にならないならいいでしょうが、コストパフォーマンスは最悪に近く、そんな資金があるなら、別のことに使った方がいいと思います。
なぜ、意味がないのでしょうか?


1) 継続性がない

 英語圏、インターナショナルスクールの幼稚園に通わせると、幼児ですから、あっという間に覚えて、幼児なりのやり取りをするでしょう。

しかし、帰国して、小学校に上がる頃には記憶に残っているくらいで、ほとんど忘れてしまうでしょう。

 日本では英語を利用することがほとんどゼロですし、小学校でも教えていませんので、使う機会がまったくなくなってしまうので、使い方が残らないのです。


今後、教えたとしても、英語を英語で教えられる教師は皆無に近い上、英語ネイティブは世界的に不足しているので、すべての学校の各学年に一人雇う、というのは現実的ではありません。

日本で英語を続けていく方法が限られています。

 つまり、環境によって身につけた能力はその環境を外れると、あっという間に忘れてしまいます。

いくら英会話学校に通っていても、ネイティブに囲まれていたときと比べると、圧倒的に英語に触れる時間が減るので、いくらやっても、英語力は落ちていくことが普通です。

2) 母語の育成

 日本語もあやふやな幼児に英語を教えることに意味があるとは思いません。

まずは家族が母語である日本語を教えるべきですし、家族内に英語ネイティブがいるなら話は別ですが、ノンネイティブが正しい英語なのか不安を感じながら教える意味はありません。

 One parent One language、という考え方はすでに王道化しています。

仮に母親が英語で幼児に話しかけるなら、ずっと英語で話しかけ続ける必要があります。

それに耐えられるだけの英語力があれば、それもいいでしょう。

しかし、ところどころ英語で何と言っていいのかわからず、日本語を混ぜると、幼児は混乱し、同じようにごちゃ混ぜ言語で返してくるようになります。

 私はシンガポールで生活しているので、この状況を良く見ます。

親が英語、中国語ごちゃ混ぜにした言語を子供に話している場合、子供も同じようにごちゃ混ぜにし、最終的にどちらの言語も満足に出来ない人になります。


3) アイデンティティー

 これは外国語の幼児教育を受けた人間に限りませんが、外国(白人文化)に打ちのめされ、コンプレックスを持ち、アイデンティティークライシスを起こす人間も多くいます。

英語を話せること以外に自分自身に誇りを持てなくなる状態です。

たいていが高い専門性を持たない文系で海外に長く関わった人です。

 英語が出来ること以外に自慢できることがないが、その英語もネイティブスピーカーには到底及ばないからで、どこに自分の軸を置いていいのかわからなくなっているのでしょう。


 中華系シンガポール人はアイデンティティクライシスを起こしており、ことあるごとに自分達は英語が出来る、と言いたがり、英語の出来ない人間を見下すにもかかわらず、英語ネイティブに接すると臆してしまって、自分達の英語はブロークンだから、、、と弱気になったりします。

彼らの問題は彼らは自分のルーツである中国語をまともに扱うことができず、英語の方が得意、というどっちつかずの言語能力を持っていることです。

■ まとめ

 私は英語の幼児教育そのものを否定しているわけではありません。

継続性があるのなら、やればいいと思います。

それには家族に英語ネイティブがいる、もしくは英語に自信があり、子供の母語確立まで(10歳前後)まで英語で突き通すことができる必要があります。

 多くの日本人にとって、継続性を維持することは無理ですので、英語の幼児教育は無駄です。

そんな資金があるなら、もっとコスパにいいことをさせるべきだと思います。

親の見栄、コンプレックスで意味のない教育に資金をつぎ込んでおいて、いざ大学に進むときにはお金がないから、国立限定で進学可能、一人暮らしはさせられない、というのは最悪ですねw



英語ネイティブ白人の特権

英語ネイティブで白人であれば、特権的な待遇を手にすることが出来ます。

同じことをやっても、1.5~2倍の給与がもらえる、他の言語話者、 他の人種ならとても就職できないような職場に入り込めます。それでは実例を挙げます。

1) スペック

 イギリス国籍、白人、女性、年齢は30過ぎ、見た目はよくいる太目のおばさん白人で、学歴はそこらにあるような文系短大、職歴は外食の店長経験が5年程度、他にも短期職歴がいくつかあると言う程度です。

 性格も良くはなく、彼女がアジア人、アジア文化の悪口を言いまくっているのを聞いています。

その場には私も含めてアジア人がいたのですが、お構いなしに早口の英語でぼろくそ言っていましたw

友人関係もほとんどが白人で、コミュ力も大したことはなく、他人への配慮、寛容さを感じたことはないです。


2) 現在

 シンガポールの公立専門学校でカスタマーサービスの授業を担当講師をしています。

給与をはっきり知りませんが、月に5000~6000ドル(40万円程度)貰っているでしょう。

このレベルは同レベルのシンガポール人の倍程度の収入です。外国人であることを考慮に入れても、日本人現地採用の倍近くです。

 正直なところ、私はびっくりしました。あまり程度の良くない人間だと思っていたのにシンガポールでは準公務員のような扱いで、それなりにいい待遇で働いていたからです。


3) 理由

 希少性、の一言に尽きます。シンガポール人の公立専門学校生の英語力はかなりお粗末です。

しかし、オフィスで働けるほどの学歴、学力がないので、カスタマーサービスなどを担当します。

カスタマーサービスではきちんとした英語が求められます。

 白人に理解してもらえる英語が求められるのです。その英語を教えられるシンガポール人はごく僅かのエリートだけで、エリートは公立専門学校の講師なんかしたくないのです。

 また、白人に教えてもらっている、白人講師が学校にいる、と言うことがブランドなんですね。

これは英会話学校の講師と同じで、講師の経歴より白人であることが求められる、という現象と同じです。

 そして、白人英語ネイティブは数が限られているうえ、どこでも仕事があるので、些細な仕事をやりたがりません。

少し努力するだけで2倍評価されるのですから。

たとえば、難易度はほどほど程度のアメリカ公認会計士、弁護士資格などを持っている英語白人ネイティブは世界中どこでも高待遇で迎えられます。


■ まとめ

 英語ネイティブ白人ってすごいですね。

生まれながらに勝ち組みたいなものであり、他より2倍評価されるのがデフォルトです。

ちなみに有色人種で英語ネイティブでもここまでの評価は受けません。

確かに仕事を見つけやすいですが、白人ほどの需要はなく、待遇ももらえません。

そのため、アジア系アメリカ人はエンジニア、研究者、資格職などの専門職を目指します。

明確に専門がないと、差別のために就職しづらいからです。

 英語教師ですら、アジア系、アフリカ系、ラテン系は独特の訛りがあり、嫌がれます。

見た目が白人に近いラテン系が一番ましで、次に外人なのが一目でわかるアフリカ系、見た目が自分たちと変わらないアジア系英語ネイティブが一番嫌がられますw



英語バブルの終焉



英語が話せなくても、問題ない時代が来る
英語を話せないことに、多くの日本人がコンプレックスを感じているようですが、果たして英語が話せなければ、グローバル人材にはなれないのでしょうか。

ただ英語が話せるだけで、グローバル人材になれるわけではありません。

例えば、イギリスの植民地であったパキスタンやナイジェリアでは、日常会話で 英語が使われているわけですが、パキスタンやナイジェリアの人たちがグローバルに活躍できているのでしょうか。

日本に比べれば、経済的に窮している人が多いのが実情です。

英語を話すことがグローバル人材であるとすれば、英語圏で暮らす人々は みんなグローバル人材ということになりますし、みんなが有能なグローバル人材であれば失業なんかしないはずです。

ところが、現実にはアメリカにしてもイギリスにしても、失業率は日本より ずっと高いのです。



英語による覇権は、希望か絶望か
英語は「ニュースピーク」ではないが、その世界言語としての地位は思考枠の均質化を招くかもしれない。

独裁者「ビッグ・ブラザー」、相矛盾する考えを同時に信じる「二重思考」など独自の用語で知られる『1984年』だが、わざわざ「補遺」まで付けて説明される「ニュースピーク」は これらに比べ知名度が劣るかもしれない。

党が英語に代えて普及を目指す、語彙を削ぎ、文法・発音を徹底的にシンプルにした言語のことだ。

普及した暁には、反体制的な思考が原理的に不可能になると言う。言語を変えるだけで思考統制なんてできない、と思えるかもしれない。

しかし例えば、「虹が7色に見えるから7色の言葉があるのか、それとも、7色に該当する言葉があるから虹は7色に見えるのか?」という認知言語学の問いを思い出せば、単純な言語では世界も単純に見え、ひいては複雑な思考が不可能になるという思惑も にわかに説得力を持つだろう」

「文書を英語で作成しなければならない」と言われるとき、そこには「論展開などは英語のフォーマットに従わなければならない」といった含意もある。

あるいは文学作品や映画の場合、「英語で流通しなければ意味がない」といった言が一定の説得力を持ってしまい、英訳されるには英語になって(も)楽しめる内容でなければならないという基準が出来てしまうならば、「世界言語としての英語」が思考枠の均質化を招く可能性も否定できない
だろう。



算数習得するのに最適な言語は何語か
英語と比較して、日本語、トルコ語では数字を表す言葉が単純で、数学的概念も より明確に表現される。

それによって幼い子どもが数を数えたり、算数をしたりするのが より簡単になるということが研究で示された。

心理学者や教育学者が幼い子どもの基本的計算力(ヌーメラシー)、読み書きの能力(リタラシー)の数学版の向上を推進しているなか、言語格差が ますます注目されている。

いくつかの最近の研究では、紛らわしい英語の名称が子どもたちの数を数えたり、算数をしたりする能力の低さと関連しているということが示された。

英語の11以上の数字の名称では桁の値が はっきりと示されない。

たとえば17という数字では10の位を表す「ティーン」が1の位の7とで順序が逆になっている。子どもたちは そのせいで17と71で混乱しやすくなるということが研究でわかった。

2桁の足し算や引き算をするとき、英語の数字の名称で解いている子どもたちは、その2桁の数字が10の倍数と1の倍数から できているということを理解するのに苦しみ、間違いを避けるのが より難しくなるのだ。

こうしたことは小さな問題のように思えるかもしれないが、英語を話す学生が桁の値を学ぶ上で理解の助けとなる数学の教科課程、「マス・エクスプレッションズ」を執筆したフソン博士は、問題を解く上で追加的な処理過程はより多くの間違いを生み、作業記憶の容量を減らしてしまうと説明する。

カナダのオタワ出身の英語を話す子供59人とイスタンブール出身のトルコ人の子供88人(年齢は3歳から4歳半まで)を比べた2014年の研究では、英語の悪影響が明白になった。


トルコ人の幼児たちは数字と数え方に関してカナダ人の幼児たちほど教えてもらっていなかった。にもかかわらず、オンタリオ州オタワにあるカールトン大学の認知科学研究所の責任者、ジョアン・ルフェーブル博士が共同執筆した研究によると、研究室で数字を使ったボードゲームで練習した後、トルコ人の幼児たちの数を数える能力はカナダ人よりも向上したという。

自国の言葉で数えることを学んだトルコ人の幼児たちは、英語で学んだ幼児たちよりも「より速く習得した」とルフェーブル博士は言う。


日本は なぜ多くのノーベル賞受賞者を輩出できるのか


なぜ、英語の専門語彙は難しいのか
日本語と比べて英語では高級語彙(使用頻度の低い専門用語等)は、専門外の話者にとっては非常に難しい。

このことを示す非常に分かりやすい例を「鈴木 孝 著 日本語と外国語 (岩波新書)」より以下に引用します。

「実を言うと英語の この難しさは、何も外国人である日本人にとってだけではなく、英語の母語話者にとっても厄介なのだ。

私はアメリカの教壇に立っていた時、以下のような実験をした。黒板に、pithecanthrope と書き、その意味を聴衆に尋ねたところ、誰一人答えられなかった。

これは日本語の「猿人」にあたる語で、ギリシャ語で猿を表す pithec と 人間を表す anthrop の合成語である。

聴衆の ほとんどが文化・社会科学系の大学院生や教授という一般知識人たちであったが、日本で同じような状況で黒板に「猿人」と書いて一人も理解できる人がいない状況を想像できるだろうか。

この実験をイギリスやカナダでも行ったが結果は同様であった。

このことは、私たち日本人は、その高級語彙を構成している漢字を日本語の一部として現在でも使用していること、そして英語話者は、その高級語彙を構成しているラテン語やギリシャ語を現在では使用はおろか学習さえしていないことに理由があると著者は言います。

日本人が漢字を使用することで学習の負担が大きすぎて、それが近代化の邪魔にすらなってきたという悪評価をうけることがあるのですが、このエピソードを知ってから「劣等感」を感じるどころか、逆に何とも言えない「優越感」を感じることにもなりました。

また、漢字には、そのほとんどに訓読みと音読みの二種類がありますが、このことは一見デメリットのように思えますが、実は このことによって我々日本人の言葉の認識と記憶が非常に容易になっているようなのです。

例えば、頭を「あたま」と「トウ」とも読みます。このことは一般的には非常に「めんどくさい」と毛嫌いされ、日本語を習得するときの障害と認識されることが多いと思います。

確かに、小学校から場合によっては高校まで漢字の読み書きの勉強を強制されるという大いなる負担は免れません。

しかし、以下に示すような大きなメリットがあることを忘れてはいけません。

漢字の音読み訓読みの仕組みは日本人の言語意識の中で固く結ばれています。

「トウ」=「あたま」という具合に一方は直ちに他方を引き出すという緊密な相通関係が確立しています。

つまり、日本人は日常生活の中で漢字を見るたびに、あるときは「音」で読み、あるときは「訓」で読む必要がある結果として、両者の対応関係が常に強化され続けるのです。

もし、頭という漢字を書いて、それをトウと「音」で読んだり、あたまと「訓」で読んだりする習慣がなく、また、あたまという和語を時に応じて漢字で頭と書いたりすることがなければ、この頭という文字表記は英語の pithec と 同じように それを特別に学習した専門家以外の人には何を表すかが まったく分からなくなってしまうでしょう。

本来、音読みは中国語の読みから来たものですから、日本人にとっては英語話者にとってのラテン語やギリシャ語のように分けのわからないはずのものです。

それが、「訓読み」という子どもでも分かる基礎語の読みとセットになっていることで具体的なイメージを簡単に思い浮かべることができるというわけです。

だからこそ、日本語の「専門語彙」は一般人にも すぐに理解習得できるのです。


「南米の東大」サンパウロ州立大の日系人率は20%超
日系人の子息は高い進学率を誇り、「南米の東大」と言われるサンパウロ州立大学の20%以上は日系人です(ブラジルの日系人口比率は1%未満)。


日本の成人、読解力・数的思考力でトップ
日本の成人は、他の先進23か国・地域の成人よりも はるかに優れた読解力と数的思考力を持っているとの調査結果をまとめた報告書が、経済協力開発機構(OECD)により発表された。


読解力と計算力、共通の遺伝子が関与か 英研究


破壊される日本文化 - 日本人の脳
幼少期に英語などの外国語を集中的に勉強させて、自由に使いこなせるようになったとした場合、大人になってから、言語的国籍不明人になってしまうことが懸念される。

自然の音や「もののあはれ」を理解できない無機的日本人の大量発生を生むことになる。

ゆとり教育が日本の知的優秀さを破壊した以上に、日本文化の破壊である。

芭蕉は、「山寺や、岩に染み入る、蝉の声」と詠んだが、日本人だからこそ、蝉の声は岩に染み入るのである



「言語と遺伝子を破壊すればOK。by白人」

「特殊な爆弾&発電所で遺伝子を破壊し、主食を米から小麦に、言語を日本語から英語化して日本文化は消滅させるという壮大な計画があるらしい」って言うのがネットで流れてきた。



小麦は食べるな!


小麦は食べるな!2


小麦とエストロゲンの関係


グルテンアレルギーについて


次世代のアレルゲン、「グルテン」


小麦グルテンは、小腸壁の細胞を壊しアレルギーを発症させる


パンだけはやめられない!


ジョコビッチ、グルテンの恐怖語る


グルテンフリーも危険!


小麦の代わりに注目食材



負け続ける日本を作る「英語化」政策の大罪
英語が得意か否かという教育格差が、収入などの経済格差に直結し、究極の分断社会が誕生します。

どんなに他の能力が高くても英語力がないというだけで、中間層の人々は自己の能力を磨き、発揮する機会を奪われる。日本の誇る中間層が愚民化を強いられ、没落するのです。

非英語圏の雄である日本の社会が英語化されれば、英語による支配のピラミッドを強化することになり、しかも そのピラミッドの中で日本は底辺にしか位置できない。

英語化することによって、日本は永遠に負け続ける」「つまり、言語における「永続敗戦」

日本人が最も深く思考し、創造力を発揮できるのは日本語を使ったときです。

日本語が学問研究の高度な議論の場で使われなくなっていけば、日本語そのものも最先端の用語をもたない遅れた言語へと堕ちていくでしょう。

日本語の劣化も国民の愚民化に拍車をかけます。

一方で、表面上滑らかに英語が話せるだけのエリートもまた、母語にもとづく深い思考力や洞察力をもてないから たいしたものにはなれない。

結局、日本全体が愚民化していきます。こういう事態が、社会の あらゆる分野で すでに始まっている。

当然ですが、母語で思考しなくなった国が衰弱するのは当たり前です」「国をあげての英語化は国家の自殺だと言ってもいい。

どう考えても こんなにおかしいことはないのに、なぜ正面切って そんなのおかしいじゃないかと言えない雰囲気が支配的になったのか。

反省すれば、私たちの理論武装が足りていなかったんだと思うのです。

闇雲な英語化なんて馬鹿げたことを進めていった暁には、確実に日本全体が劣化するんだということを、確かな証拠と論理で主張していかなくちゃいけない。

愚劣なグローバリストの跋扈に終止符を打たなければなりません。

明治日本の近代的国作りが曲がりなりにも成功したのは、英語化を拒んだからなんです。

明治初期にもあったんですよ、英語を公用語にしなければ世界に追いつくことができない、という議論が。

しかし、福澤諭吉や福沢の弟子の馬場辰猪らが大反対した。結局、明治の人々は近代日本を建設する際に、日本語を捨て去るのではなく、日本語を発展させる道を選んだ。

外来の先進の知を日本語に翻訳することによって、エリートだけでなく、広く万民が知識を共有できるようにした。

たとえば、私たちが普通に使っている、「社会」「近代」「経済」などといった言葉は、外来の抽象概念を明治期の人々が翻訳して作ったものです。

彼らは、日本語の語彙を豊かにすることで、新時代に対応したんです。日常の言語である日本語を高度な議論にも耐えうる「国語」として確立した。

日本の中間層のレベルが高いのは、そのおかげです。多数の一般の人々が能力を磨き、またその能力を発揮しやすい日本語の公共空間を確立した。

これが近代日本の国力の源だったわけです。だから、国民の英語力を上げれば日本経済も復活するなどという言説は、噓ですね。

英語化すれば、多くの日本人が社会の中心部から排除されてしまう。自分の能力を磨き、発揮していくことが できなくなってしまいます。

フィリピン、マレーシア、インドといった植民地化によって言語まで支配された国の悲哀というのを英語化推進派は理解していない。

英語を操るエリートと母国語で生活する庶民とに社会が分断され、大多数の庶民は たとえ能力があっても、英語ができないというだけで馬鹿にされ、コンプレックスに打ちひしがれる。

世界では日常的な光景なのに、「国際派」を きどる英語化推進派の人々は、それには まったく気づいていない」

本当の意味で最も知的な作業というのは、言葉にできないもの、暗黙知のようなものを、どうにかして言葉に落とし込んでいくことだと。それは やはり、母語でなければできない。

それから、言語は思考の根源を規定しますから、学術の言語が一つ消滅することは、発想の形態が一つ消滅することを意味します。

これは理系も文系も関係ない。学術言語が英語に一元化されていくことは、長期的には学術全般の貧困化、人間の知の可能性の縮減を意味します。

ノルウェー出身の政治学者ヤン・エルスターが「適応的選好形成」と呼んでいますが、負けているのに、それを認めることすら嫌なので、自分は自ら相手方に同調したんだと錯覚していく」

「英語が世界言語になった端的な理由は何かと言ったら、それは本当に身もふたもない話で、アメリカとイギリスが戦争で勝ち続けたからに他ならない。

言語的な支配が永続すれば、彼らが得をする。それ以外には何にもないんですね、本質的な理由なんて」

「日本の社会を日本人が自ら進んで英語化するということの本質は、負け続ける構図を自分で作りつつ、そこから目をそらし、結局、永遠に負け続けるということなのです。



英語公用語化
英語公用語化を検討する人もいるようですが、現段階では日本が英語を公用語する意味はゼロだと思います。

1) 文化

 言語とは文化、思考であり、言語が変わることで使う民族の考え方が変わります。

言語が自然に変わっていくなら、それもいいのでしょうが、強制的に変えた場合、「劣化アングロサクソン」にしかならないからです。

日系二世、三世はアングロサクソン型教育で育ち、アングロサクソンに日常的に接して成長するため、バナナになるわけです。

 アングロサクソンと日常的に接しないシンガポール、フィリピン、などを見ると、彼らのアングロサクソンに対するコンプが非常に強いことに気がつきます。

エリート層は白人的であることを望み、ちょっと見た目のいい女性はアングロサクソンを手にしようと必死になります。

 こうなってしまうと、独自文化は育まれず、アングロサクソンの猿真似しかしないようになります。

フィリピン人は英語、タガログ語をごちゃ混ぜにして話していますので、タガログ語の語彙は失われる一方であり、時期にタガログ語では何もできないようになるでしょう。

 日本人が日本語を捨てた時点で、独自の日本文化は失われ、偽白人のような人間で構成されて、何の魅力もない国になるでしょう。

日本人女性はなんとしてでも白人と結婚して、白人遺伝子を手にし、子供が白人的見た目をしていることを望み、その白人ハーフがブランドとなり、ミスジャパンになるわけですw (フィリピンがそうですw)


2) 時間

 言語環境を変えるには長い時間がかかり、シンガポールは約30年の歳月をかけて、国民の英語力向上を図りましたが、英語ネイティブと遜色がない程度の英語力を見についているのはごく一部のエリート層だけであり、一般人の英語はノンネイティブレベルから抜け出せず、ブロークンイングリッシュを話して生活しています。

 民族語を完全に捨てて、英語だけに集中すれば、英語力向上は早いのですが、そうすると、不都合も多いみたいで、現地語を完全に捨てた国は存在しません。

シンガポールでは中国語を捨てようとした時期もあったようですが、色んな意見があり、結局は一外国語と扱うこともなく、平行して英語、中国語を進めています。

 つまり、日本人が英語公用語化しても、まともに運用できるようになるのに30年くらいは余裕でかかるわけで、その間はどうするの?って話になります。シンガポールなどの旧英国植民地ですら、30年かかっているなら、植民地になったことのない日本は50年くらいはかかるのでは? それまでどうやって食っていくんですか?って話です。


3) レベル

 私が知る限りで、アングロサクソンをメインの先祖としない国で英語を学んで、それがネイティブと遜色のないレベルまでいったケースを一カ国も知りません。

 シンガポール人はエリートでも訓練によって習得した英語であり、ネイティブとは別物だと言えます。

その場合、英語ネイティブとしての仕事をするのはかなり困難です。なぜなら、言語は理屈どおりに行かないことがざらにあり、感覚でしか判断できないことがザラにあるからです。

 TPPで日本人がアメリカで労働許可を取ることなく、自由労働が認められたとしても、日本人とした育った人間がいくら英語を鍛えても、ネイティブに混じって仕事をするのは無理であり、現状と同様に技術を売りにした仕事、日本がらみの仕事でなければ、雇用されないわけです。

 英語教育で育ったエリートシンガポール人であれば、英語力ではアメリカ人と遜色ないですが、技術がないアジア人が仕事を見つけても、そのままアメリカで生活していくのは困難で、英語だけでなく、人種によるグラスシーリング(ガラスの天井)もあり、早い段階で行き詰ってしまいます。

つまり、英語云々はそこまで影響しないってことです。



■ まとめ

 英語公用語化なんて提唱している人は阿呆であり、何にも知らないアングロサクソンコンプなのでしょう。

まあ、英語がろくに運用できない人ほど、英語を過大評価する傾向があり、それは仕方ないのかな?、と思います。先の見えない道は恐怖で、どこにゴールがあるかわからないからです。



人の雰囲気や性格が話す言語で変わる


私は、英語で しゃべると人格が変わる


Switching languages can also switch personality


早期英語教育は なぜ危険か?
早期英語教育において決定的に欠落している視点が1つある。言語とは人格に影響を及ぼす性質を持つものであるという視点だ。

言葉は その国の文化や風土と密接な関係にある。特に子どもは、英語を母国語とする国の規範や価値観を吸収しやすい。

英語に慣れ親しむと、日本人のままでいるのは難しい。

例えば、「ママの英語は下手で恥ずかしい」と言い放ったり、親をファーストネームで呼びつけたりする。

生活習慣やマナーも微妙な変化を見せる。様変わりする子どもに悩む親も珍しくない。

日本人の価値観や規範などを保ちながら、英語は流暢に」といった願いは少なからず無理がある。


話す言語によって違う人格に


日本人に とって英語とは何か
言語というのは その国の文化や国民性と密接な関係があります。両者は切っても切り離せない仲です。

例えば、日本人の性格や文化は日本語なくしては存在し得ません。日本語が私たちを日本人たらしめているのです。

我々が もしスペイン語をしゃべっていたら、歌舞伎のような古典芸能は生まれていません。「おじぎをする」という習慣も存在しないでしょう。

皆さんは、「思い」と「ことば」は どちらが先だと思いますか?頭の中で「思う」から言葉にできるのか、「ことば」があるから思うことができるのか。正解は後者です。

言葉がなければ「ものを思う」ことができないのです。


犬や猫には言葉がないので、「思考」がありません。そして動物には「文明」や「文化」はありません。なぜなら言葉がないからです。

人間には言葉があり、ものを考えることができるので、文明が生まれ文化が発展しました。しかし文明・文化は使う言語によって多種多様です。

昔から国内で漢字廃止論が出たり、英語公用語化論が出たりと、ある意味 日本人は世にも珍しい、自国語を粗末に扱う民族です。

現在 世界には およそ6000の言語があると言われています。その中には、話者総数が10人、20人という絶滅寸前のものもあります。

そんなことは知らず、日本では小学校にまで英語教育を導入しているという有様です。

国語も ろくに出来ない子供に英語を教え込む危険性を日本人は知らない。

私たちは日本語を もっと大切にするべきなのです。

英語学習は 日本の文化を根こそぎ抹殺できるほどの力を持っている。


外国人「日本に住んだら見た目も性格も変わったよ」→海外「私も同じ経験をした!」



日本語と英語の差
正しい音を発声するためには、正しい口の動かし方を学ぶことがとても重要です。

長く海外留学され英語がペラペラになって戻ってきた人は、顔の形も変わってくると言います。

英語は日本語とは まったく異なった口の筋肉を使う音も多く、一生懸命学べば顔の形に変化が出る
のは自然のようです。


日本人は個々の単語の意味を重視して全体の意味を捉えようとするのに対し、英語を母国語とする人は語順を重視して意味を捉えようとします。言葉の論理構築が異なっています」

「『唐津くんちを見に行くね。』と言うと、日本人だったら言ってる本人が行くのだろうと すぐ想像がつきます。しかし、英語を母国語に持つ人は、『誰が行くの?』と聞き返してきます。

英語講師をしている妻のシーラは日本語を堪能に話せます。しかし、食事の後『テーブルを片付けといて。』と頼むと、『テーブルは重くて動かせない。』と返事が返ってきました。

私の端折った日本語表現も悪いのですが、テーブルは私でも重くて動かせませんし、その上にあるものだと分って欲しいものです。

また、『そこ、拭いといて。』と言うと、『そこじゃ分らん。』と返事が返ってきますし、『テーブルだ。』と返事をすると、近くにあったティッシュで拭き始めました。

『テーブルは台布巾で拭くものだ。』と話すと、『言わないと貴方が考えていることは分らない。』と反論されてしまいます。

とにかく いちいち説明する必要があるのですが、これは妻に限った事ではないようです。

コミュニケーションには、"HC" High Context Communication(高文脈型コミュニケーション)と"LC" Low Context Communication(低文脈型コミュニケーション)があり、日本語は高文脈型に属します。

高文脈型は全体主義的な考えを持つ文化から生まれており、非言語のコミュニケーションが多いことが特徴です。

人間関係が密接で情報が共有されるため、言葉以外の文脈や状況までコミュニケーションの前提としています。

また、全体との協調や調和を大事にするため、主体的でない間接表現が多く、遠まわしで曖昧な言い回しが多いのです。

例えば『どうも』という副詞だけで日本語は様々な意味を表現出来ます。

『どうも』の後にくる言葉を言わなくても、相手が(勝手に)状況判断してくるため意味が通じてしまうのです。

英語は低文脈型に属します。低文脈型は個人主義的な考えを持つ文化から生まれており、個性を重視した主体的なコミュニケーションに価値をおく言語です。

よって、伝達される情報は言葉の中に すべて入っており、逆に語られない言葉にはメッセージが存在しない事になります。

自分の考えを言葉に はっきり出すため、日本人の目上の人に口答え出来ないような雰囲気はありませんが、分りきった内容でも いちいち言葉として表現する必要があったり、複雑な文法的なルールがあったりと日本人にはストレスに感じる部分も多くあります。


We love Japan その1
実は日本は、科学、哲学、文学等を外国語に通じていなくても高度なレベルまで自国語で学べる数少ない国です。

和製漢語が中国に逆輸入されることになりました。

例えば、人権、特権、哲学、歴史、民族、国家、宗教、解放、芸術、医学、方法、法律、教授、闘争、経済、市場、活動、化学、科学などなど枚挙に いとまがないのです。

中国の小学校で習う漢字の6割は和製漢語で、社会科学全体の7割以上も和製漢語です。中国人が、世界の事を学び、語れるのは実は和製漢語の お蔭で、これは 紛れもない事実です。

東南アジアの多くの国は漢字の影響を受けていますが、中国に漢字で恩返しした国は日本だけと、中国の最高の漢字の権威は言っています。

日本は中国から漢字を借りた恩があるなど自虐的なことを言う人がいますが、実は おつりが来る位の恩返しをしているのです。

「中華人民共和国」で、「人民」と「共和国」も和製漢語です。

さらに、「共産党」、「共産主義」、「社会主義」などの単語は、すべてmade in Japanと言ったら、日本人だけではなく、当たり前に使っている普通の中国人も当惑するでしょう


We love Japan その2
専門家によると、実は、世界中で日本語だけ、言語の性格、パターンが違うからです。

まず発音の仕組みが違います。子音、リズム、アクセントが弱いので、自己主張、自己表現が出来ません。

しかし母音が強いので、脳が休み情緒が発生するようです。

外国語は、中国語でも、英語でも、反対で、子音、リズム、アクセントが強いので、脳は自我を刺激して、自己主張が強くなるが、母音は弱いので、情緒は発生しないということです。

この日本語から情緒が発生するという特徴が、日本語を難しくしているということです。

言語の目的は、外国語は用件だけですが、日本語の場合は、用件と情緒の ふたつがあります。むしろ日本語は、情緒のほうが重要です。

だから外国人は、情緒が理解出来ないので、日本語は、理解しづらいらしいです。

しかし情緒は、人を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。新しい時代は、情緒の時代かもしれません。

幸い日本人は、日本語の影響で、行動パターンが、情緒思考です。

また日本の伝統文化は、情緒思考文化です。だから日本は、情緒に溢れた国です。

だから日本は、情緒時代の手本となりえます。

これは まさに、日本書記にある聖徳太子の十七条憲法の「和を以て貴しとなす」に通じているのです。

また、魏志倭人伝にも、「倭国は争いごと少なし」と記述されています。

日本人は国が成り立った時から平和を望むDNAを持っていたようです。


日本語の力
日本語をよく観察すると、日本人がいかに「対話の場」を大切にする民族かということに驚く。

話し手である自分がいて、自分の前に聞き手がいる。聞き手は二人以上のこともあるが多くは一人だ。

ここで大切なのは、この「対話の場」に<我>と<汝>が一体となって溶け込むということだ。この点が日本文化の基本で あるように思えてならない。

日本語における<我>は、決して「対話の場」から わが身を引き剥がして、上空から<我>と<汝>の両者を見下ろすような視線を持たない。<我>の視点は常に「いま・ここ」にあり、「ここ」とは対話の場である。

これに対して、西洋の考え方は自己から世界を切り取るところに特徴があるように思える。自分に地球の外の一転を与えよ、地球を動かしてみせると豪語したのはアルキメデスだった。

自分を「我思う、ゆえに我あり」と、思考する<我>を世界と対峙させることで<我>の存在証明にしようと試みたのはデカルト(『方法序説』一六三七)である。

端的に言えば、西洋の<我>は<汝>と切れて向き合うが、日本の<我>は<汝>と繋がり、同じ方向を向いて視線を溶け合わすと言えるだろう。

日本語は、母音を主体に言語認識をする、世界でも珍しい言語である。対して、 欧米各国やアジア各国の言語は、すべて、子音を主体に音声認識している。

しかも、これらのことばの使い手の脳では、母音は、ことばの音として認識しておらず、右脳のノイズ処理領域で「聞き流して」いるのだ。

話者の音声を、母音で聴く人類と、子音で聴く人類。「言語を聴く、脳の方法」という視点でいえば、世界は、大きく、この二つに分類される。

この二つの人類は、脳の使い方が違い、ことばと意識の関係性とコミュニケーションの仕組みが、まったく違うのである。

というわけで、母音語の使い手による対話と、子音語の使い手による対話は、潜在的な意味において、まったく異なる行為なのである。

前者は、融和するために手段として ことばを使う。仲良くなる方法を探るのが、対話の目的なのだ。

話せば話すほど、意識は融和していくので、意味的な合意は さほど重要ではない。

心安らかな語感のことば(親密な大和言葉)を どれだけ たくさん交わしたかに、感性上の意味がある。

後者は、境界線を決める手段としてことばを使う。境界線のせめぎ合いが、対話の目的なのだ。

話せば話すほど意識は対峙するので、意味的な合意と、権利と義務の提示、絶え間ない好意の表明が不可欠となる。

母音語の使い手は、自然とも融和する。母音を言語脳で聴き取り、身体感覚に結び付けている日本人は、母音と音響波形の似ている自然音も また言語脳で聴き取っている。

いわば自然は、私たちの脳に"語りかけて"くるのである。当然、母音の親密感を、自然音にも感じている。

だから、私たちは、虫の音を歌声のように聞き、木の葉がカサコソいう音に癒しを感じ、サラサラ流れる小川に弾むような喜びを感じる。自然と融和し、対話しながら、私たちは生きてきたのだ。


日本の生産技術の質が高い理由
日本語における「話し手の意識を環境と一体化させる傾向」は、自然や組織ばかりではなく、機械などの無機的環境に対しても働く。

融和癖が高じて、日本人は、たとえば工場の機械とも一体化する。

ある日本の精密機器の生産管理者が、「光ファイバーの微細なコネクタを接着するとき、日本人の工員は、なにも言わなくても、有効範囲の ど真ん中に くるように接着してくれる。

欧米人は、平気で有効範囲ぎりぎりの接着をするので、どうしても現場の耐久性が日本製のほうが良いのです」と話してくれたことがある。

欧米人の工員に注意すると、「有効範囲に入っているのに、注意される筋合いはない」と気にも留めてくれない。

「たしかにそうだ、気持ちの問題なのだが、その気持ちを真ん中に集中してくれないか?」と言っても、相手は「言っていることの意味がわからない」と首をすくめるのだそうだ。

逆に日本人の工員に「あなたは、なぜ、真ん中を狙うのか」と尋ねたら、「真ん中が気持ちいいから。これがずれると、気持ち悪い」と答えたのである。

日本人なら、この発言に深く うなずかれることだろう。

日本の工場の質の高さは、枚挙に いとまがない。

あるメーカーでは、日本とベルギーに まったく同じ生産ラインを作って稼動させている。

同じシステムに、同じマニュアル。なのに、不良品の発生率がまったく違うので、日本の生産管理のチームを派遣した。報告は次のようなものだったという。

ベルギーの工場では、生産機械のアラームが鳴ってから、ラインを止める。

日本の工場では、アラームが鳴る前に、工員が微かな異常に気づいてラインを止め、トラブルを未然に防いでいる。

ベルギーの工場では、当然のようにアラームが鳴っていたが、日本の工場では、創設以来、機械のアラームなど鳴らしたことがない。

現場の『あれ、おかしいな。いつもと違う』という気づきは、機械の音や動きなど 一つ一つの属性に着目しても表出しない微細な差を総体イメージとして感じる、第六感の範疇なので、到底マニュアル化できない。

ベルギーの工場に日本の工場と同じ質を期待するのは無理である」境界線を融和し、拡張できる日本人の特性、ここに極まれり、という話である。



幼年期に英語を教えるよりも、「日本語脳」を育てるべきだ



ヒトの脳は加熱調理で進化した


日本で世界最古の調理跡、縄文時代の土器から発見


料理に使った最古の土器 縄文人がサケ煮炊きか



人の消化管に棲む微生物を大規模調査
加工度の高い食物を摂取する西洋型の食生活を送る人と、より伝統的な食生活を送る人の消化管には大きな違いがみられる。

ある種の細菌が多すぎたり少なすぎたりすると、多くの慢性疾患の大きな要因の1つである炎症を引き起こしかねない。
最近の研究によると、糖尿病と肥満には消化管の細菌のアンバランスが関与している。

これは自分で制御できる健康の重要な側面であることを人々に理解してほしい。遺伝子は持って生まれたものだが、マイクロ バイオームは食生活やライフスタイルを通じて変えることが可能だ。


性格は「腸内細菌」によって決まる


日本人の腸だけに存在:海藻を消化する細菌


腸内常在菌が宿主の思考や行動に影響を与えている


栄養失調の子供が追い付けない理由
研究論文によれば、栄養失調の乳幼児の消化管では微生物の生態系が確立されていない。

子どもの腸内微生物叢と免疫系、脳は同時に成長している。

われわれが健全に成長し、すべての潜在能力を引き出すには、おそらく腸内微生物叢の健全な成長が必要。

微生物が生涯に わたって健康に影響を及ぼしている可能性が高い。


腸内バクテリアが変われば行動も変わる


何を食べたいと思うかは胃腸の中のバクテリアも影響



米と小麦、作物で人の考え方にも違い
米と小麦は、人々の考え方、価値観にも影響を及ぼしてきた。その違いは劇的なほどだ。



いま日本が世界に提示すべき価値観とは?



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